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2025年11月08日 (土)
京王杯2歳S / 京都ジャンプS

 宝塚記念といえば、これである。皆さんは「ミラクルおじさん」なる方をご存じだろうか。

 03年宝塚記念。勝ち馬ヒシミラクルの単勝馬券を1222万円分も購入し、たった2分12秒で約2億円をゲットした“おじさん”のことである。

 実は筆者、このおじさんの存在に、かなり早くに気付き、弊紙において記事にもしたので改めて振り返ってみたい。

 それは宝塚記念前日。03年6月28日の福島競馬場。その週は重賞もなく、福島は完全に宝塚記念の裏扱い。新馬戦とメインレースの取材さえしておけばOKという、のんびりした週だった。

03年天皇賞・春優勝時の角田晃一騎手とヒシミラクル©スポーツニッポン新聞社

 当然、記者室もまったりムード。午前中のレースも終わろうか、という時間帯だった。他社の敏腕記者がそっと話しかけてきた。

 「ねえ、鈴木さん。このオッズ、ちょっとおかしくない?」

 敏腕記者が指し示したのは、記者室内にJRAが置いたパソコン端末。宝塚記念の最新オッズ。ヒシミラクルの単勝は「1.7倍」、圧倒的1番人気となっていた。

 ご存じの通り、ヒシミラクルはこの時点ですでに前年の菊花賞、前走・天皇賞・春を制している名ステイヤーだ。人気になることは不思議ではない。

 ただ、この時の宝塚記念はハイレベルなメンバーだった。「史上最強」とも言われていた。前年の有馬記念を制したシンボリクリスエスが鞍上デザーモでスタンバイ。同年の皐月賞、ダービーを制したばかりの3歳ネオユニヴァースもいた。前走・安田記念を快勝したアグネスデジタルは不気味なムードを醸し出し、前走で金鯱賞勝ちのタップダンスシチーは本格化目前だった。

 このメンバーにあって「1.7倍」は、やはり突出しすぎている。筆者は広報マンに「ヒシミラクルの単勝馬券が異常なほど売れているんだけど、どこの競馬場・ウインズで買われたか分かります?」と聞いた。当時は現在のようなネット優勢ではなく、あくまで馬券売り場で紙の馬券を購入する形がメインだった。

 JRAが持ってきた“おじさん情報の一報”は驚くほど詳細なものだった。

 大量購入があったのは都内のウインズ新橋。午前10時58分から11時過ぎにかけて、サラリーマン風の中年男性がヒシミラクルの単勝馬券を1222万円購入したという。

 この時点の宝塚記念の単勝総売り上げは2403万円。一瞬にしてヒシミラクルが圧倒的1番人気になったのも当然だった。

 「これは凄い…」。敏腕記者とともにグッと口の中のつばをのみ込んだことを覚えている。

 「まだ情報があります。これはヒシミラクルと関係があるか分かりませんが…」。広報マンは続けた。大量購入の直前、同じウインズ新橋で安田記念の高額払い戻しがあったという。その額はヒシミラクルの単勝馬券の購入額と、ほぼ同じだった。

 「転がしたってことかい?」。顔を見合わせる2人。敏腕記者が得意の計算を始めた。安田記念を勝ったアグネスデジタルの単勝は9.4倍。130万円買えば、ちょうど1222万円になる。“4桁”の帯封を払い戻し、そのまま伏兵の単勝に突っ込んだのか…。

 筆者はすぐに本社のデスクに連絡を取り、30行と3段見出しのスペースを用意してもらった。今、思えば、もっともっと大きな見出しでもよかったが、宝塚記念情報スペースをこれ以上、小さくするわけにはいかないという社内判断だった。

 見出しは「ミラクルさん、単勝1222万購入」。一報では「ミラクルおじさん」ではなく「ミラクルさん」だった。たった30行の原稿が、競馬史に残る伝説へとつながるとは、この時は全く思っていなかった。続きは次回。

鈴木正 (Tadashi Suzuki)

1969年(昭44)生まれ、東京都出身。93年スポニチ入社。96年から中央競馬担当。テイエムオペラオー、ディープインパクトなどの番記者を務める。BSイレブン競馬中継解説者。

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