UMATO

2025年11月08日 (土)
京王杯2歳S / 京都ジャンプS

 いよいよ秋のGⅠがスタートする。今週はスプリンターズステークスだ。

 印象に残るスプリンターズSはいろいろあるが、このレースの転換点となった勝ち馬を紹介したい。05年の優勝馬、香港のサイレントウィットネス。同レースにおける外国馬初優勝だった。

 週のはじめから「サイレントウィットネスに勝たれるのだろうな」「歴史が塗り替えられるのだろう」と思っていた。

05年スプリンターズSを制したサイレントウィットネス・コーツィーの右腕が派手に上がった©スポーツニッポン新聞社

 スポニチでは当時、境勝太郎元調教師が専属評論家として「馬体診断」を連載(GⅠ)していた。その境先生が「全身に筋肉のよろいをまとっているよう。相当なスピードをパワーを秘めている」と水曜付の弊紙に書き、満点の評価をつけた。

 境先生は、たとえ最上級の評価を与えた馬でも「○○な点は若干、気になります」など、褒めるだけでなく改善点や課題も挙げることが多かった。だが、サイレントウィットネスに関しては、ひたすら褒めるのみだった。サクラバクシンオーでこのレースを連覇(93、94年)した境先生。サイレントウィットネスこそ、究極のスプリンターの馬体の持ち主と感じたのだろう。

 サイレントウィットネスの強さは先刻承知だ。それまでに香港スプリントを連覇。春の安田記念では勝ったアサクサデンエンから首+頭差の3着に食らいついた。だが、そこから半年足らずの間に、さらにスケールアップしたことはレース当日のパドックを見ても明らかだった。

 パテか何かを一段、塗り込んだような胸前の盛り上がり。トモは後肢のラインに合わせ、筋のように盛り上がっている。見たことのない、尋常でないパンプアップぶりだった。

 それでも不安がないわけではなかった。前日調教で放馬。馬は大丈夫だったが、鞍上のフェリックス・コーツィーは右腕を負傷した。「嫌な流れだな」。名手もさすがに気落ちしたが、パドックで相棒にまたがると、そんな気持ちはどこかに吹き飛んだ。「馬が“さあ行こう、オレは勝ちたいんだ”と言っている」。迷いは消えた。

 3番手追走から直線を向く。手前(軸脚)を替えていないのに、逃げるカルストンライトオを力強く追い詰めた。残り100メートル。先頭に立つと同時に手前を替えた。中山の急坂も問題ない。むしろ加速したようにすら見える。大外からデュランダルが飛んできた。日本が誇る切れ者も迫り切ることができない。1馬身4分の1差。サイレントウィットネスが真っ先にゴールに飛び込むと、コーツィーは痛いはずの右腕を高々と振り上げて喜びを誇示した。

 直線では夢中で追っているように見えたコーツィーだが、内心は冷静だった。カルストンライトオをかわした後、ステッキを1発だけ入れた。

 この日の2R。故障した馬を運ぶために芝コースに馬運車が入った。その際にできた、わずかなタイヤの痕跡をコーツィーは見逃さなかった。タイヤの跡に気を取られるなよ。そんな意味のステッキだった。「綿くず一つでも気にする馬だからね」。コーツィーは隠れたファインプレーを誇るでもなく、さらりと紹介してみせた。

 サイレントウィットネスが見せた衝撃のパドック、そして勝ちっぷり。筆者は自分自身の意識が変わったことを実感していた。

 これまでは、まずは日本馬に勝ってほしい、海外の馬はみんなライバルだ。そんな単純な発想が大部分を占めていた。だが、世界レベルの強豪が日本でこれだけの走りを見せてくれる。それを目の前で体験できることの幸福を感じていた。週のはじめに「サイレントウィットネスに勝たれるだろう」と、ややブルーになっていた自分を恥じた。

 スプリンターズSの転換点となった一戦は、筆者の海外の強豪との向き合い方も変えてくれた。

鈴木正 (Tadashi Suzuki)

1969年(昭44)生まれ、東京都出身。93年スポニチ入社。96年から中央競馬担当。テイエムオペラオー、ディープインパクトなどの番記者を務める。BSイレブン競馬中継解説者。

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