1982年10月、22歳の僕は千葉県の白井にある競馬学校で乗馬訓練や馬の知識などを学んでいた。3ヶ月間の学校生活も終盤に差しかかり卒業を間近に控えたある日、美浦トレーニングセンターで半日研修が行われ調教や作業などを見学した。僕は当時まだ開業6年目の比較的新しい厩舎だった大久保洋吉厩舎に配属。厩舎に行くと朝の調教を終えた馬達が洗い場にいたが、見るとその中にひときわ激しく獅子舞のように何度も厩務員さんを噛みにいってる馬がいた。
その馬とは少し前の目黒記念を勝ち有馬記念を控えていた有名なメジロファントム。担当の堀口厩務員に「噛む速さが凄いですね!」と言ったら「この馬やってると毎日噛まれて傷だらけだよ。全く気が抜けないね」。「こんなうるさい馬を扱うコツはなんですか?」と質問すると「うーん、怒らず根気よく可愛がってやることだね。常に頭撫でたり首をさすったりね」と言いながら頭を撫でようとしたらガブッと腕を噛まれて苦笑いしていた。この堀口さんの教えは僕の心の中にずっと残り、64歳になった今も暇があれば馬の顔や頭を撫でまくっている。
堀口さんは1996年の最優秀賞3歳(現2歳)牝馬メジロドーベルを担当しておられたが年が明けてすぐ病気で急逝され、ドーベルとクラシックレースに挑む夢は叶わなかった。享年62歳。
1998年の夏、僕は札幌記念に向かうエアグルーヴの調整の為に函館競馬場にいた。前年から何度か同じレースで戦っていたメジロドーベルも函館で調整をしていたので以前から顔見知りだった担当の安瀬さんに「今度厩舎にグルーヴ連れて行っていいですか?ドーベルと2頭で記念写真撮りたいんです」とお願いした。「いいよ!俺も撮る」と快諾してくださりスターホースの2ショット撮影会が実現。僕はドーベルの頭を撫でながら「亡くなった堀口さんはベルちゃんと呼んで可愛がってたそうですね」と聞くと「そうそう、堀口さんは馬を怒らず甘やかすからわがままで大変だったよ」ドーベルの調教もされていた安瀬さんは懐かしそうに笑った。
時は流れて2019年夏。札幌競馬場に滞在していた僕は他厩舎の友人に「休みの日にレイクヴィラ(生産牧場)遊び行くけどドーベルに会いに行く?」と言われ二つ返事で誘いに乗った。
彼女は21年前と同じ優しい表情で僕を迎えてくれた。「ベルちゃん、堀口さんやグルの分まで長生きしてや!」
2024年夏現在、30歳になるドーベルはまだ健在だ。