ひと昔以前は、坂路コースのゴールの先にある厩務員待機所は、かなりの人が担当馬を待っていて、うどんコーナーもあった。
つまり、この場所で順次馬を乗り替える厩舎がかなりあったということだ。

前回も書いた通り、馬に乗って来るならまだしも、厩務員が馬を引いてここまで歩いてくるには相当の脚力と元気が必要だ。
僕が若い時、馬によっては仕方なしに引き馬で毎日ここに来ていた時期もあったが、年配の人達には少し酷な気がする。
待機所を過ぎると、坂路コースの調教スタンドを横目に坂路のスタート地点へと下る道と、馬場のE(外)コースのゲートへと降りる道がある。
2歳新馬などは、坂路1本乗った後にゲート練習をするというメニューが多く、この道を利用してゲートへと向かう。


坂路のスタンドは、自厩舎の馬の調教を見る調教師やJRA職員などが詰めている。本コースのスタンドのように記者室などメディアがたくさん集まる専用の部屋はない。
基本、僕たち厩舎従業員はこのスタンドに入る事はないが、友達などをトレセン見学で招いた時などのみ、屋上に案内して坂路や逍遥馬道の景色を見てもらう。



調教スタンドの屋上からは逍遥馬道のほか、坂路コース800mのうち残り500mほどの直線が見え、本コースやゲートも見える。


この逍遥馬道は現在、坂路コースへの道として使われているが、軽速足(ダク or トロット)などのウォーミングアップをする場所が2ヶ所ある。
そのうちの一つは、調教スタンドの目の前にあるが、ここを使う馬は少ない。

調教スタンドを過ぎると、ゆるやかな下り坂がしばらく続く。最近新しく中央分離帯ができて、一方通行になっている。
もっと東の方が上り下りの馬でごった返すので、ここだけ二車(馬)線というのが何か違和感がある。



そしてしばらく下ると、馬場と行き来する地下道が現れて、その先にもう一つの角馬場がある。ここが坂路調教のメインのウォーミングアップ場ということになる。
逍遥馬道は馬場開場時間より早く入れるので、ここに早めに入り軽く乗ってから、坂路コースへは行かずに地下道から馬場へ行く馬もいる。



角馬場から見て左側は残りの逍遥馬道で、西厩舎地区へと続いている。
右側の道は坂路コースのスタート地点に向かうが、この下りが逍遥馬道の中で一番馬がうるさくなる場所だ。
それは馬にとって、今からしんどい坂路を上がらなければいけない、つまり嫌な事をさせられる怒りなどと、他の馬が垣根の向こうから坂路を駆け上がる音による興奮だ。

僕の担当馬の中で昔、この下りを止まって動かない馬がいた(ファインモーションなど)。毎日のように下まで引っ張りに行った思い出が蘇ってくる。
馬に乗っている人たちはこの下りからカーブしてのスタート地点、道中、そしてゴール過ぎたあたりと、一瞬たりとも気が抜けない。


そして、この逍遥馬道は先ほどの角馬場の左側から、西厩舎地区へと向かう道が残り少しだけある。
かつて僕らが20代の頃、この辺に2つの池があり、夕方仕事が終わってから厩舎の皆で釣りに来た。釣れるのは鯉や鮒や雷魚くらいだったが、僕らの楽しみの一つだった。
ここを歩いていると、若かりし僕らが笑いながら竿を持ってすれ違っていくような、タイムリープのアニメのワンシーンみたいな絵が浮かんできた。


このように馬たちは朝の調教時間になると、西側厩舎地区や東側厩舎地区、地下道などを通ってこの逍遥馬道にたくさん集まってくる。
その風景はまさに、「馬の通勤ラッシュ」と言ってもいいだろう。