前回まで僕たちがお世話になっている馬や人の病院の話を書かせてもらったが、その続編として「開業獣医師」を紹介したい。
栗東トレセンには13名の開業獣医がいる。その他、その開業獣医のお弟子さんとして働いている人が2名いるそうだ。
美浦トレセンにも同じくらいの数の開業獣医がいると思われる。
東西トレセンの開業獣医とは、獣医免許を取得している人がJRAに認可されて、各トレセン内で開業している獣医さんの事だ。
JRAから借りている事務所兼車庫を基地にして、色々な厩舎を大きなバンで周り、馬房や洗い場などで治療をしている。
馬の全身チェックとか簡単な補液や注射などは、今ほとんどの厩舎が開業獣医さんにお願いしていると思われる。
「栗東診療所編」で書いたが、昔は診療所へ馬を連れて行っての治療も多かったが、今は開業獣医がメインの厩舎がほとんどだろう。

僕が伊藤雄二厩舎に入った頃からしばらくは、開業獣医と言えばほとんど大藪獣医と一門の池田獣医に診てもらっていた。
昔は「笹針」という、小さなナイフの先みたいな刃物(その形が笹の先みたい)で、馬の背中からお尻をメッタ刺しして悪い血を出すという荒療治があった。
厩舎でこの治療をした後、1週間ほど舎飼で入れっぱなしにするので、程良い休養になり身体をリフレッシュしてリセットするという目的だった。
この笹針治療は診療所の獣医さんもやってくれたが、だいたいが開業獣医さんで、当時僕が診てもらっていた大藪獣医はその第一人者と言われていた。
ただ僕は、今は無くなったこの馬を虐待しているだけに思える笹針治療にはかなり否定的で、今でもあの治療で馬が良くなったとは思っていない。
そして、笹針より放牧という考えが徐々に出てきた頃、伊藤雄二厩舎で僕と数人の厩務員さんが、開業獣医を吉村獣医に変更した。
吉村先生は馬に優しく最新の薬にも精通していて、診療所に馬を連れて行ってやっていた電気鍼治療を、厩舎の馬房内でもやってくれた。
弟子の上水(かみみず)獣医もとても優秀だった。
その上水獣医は吉村獣医から独立し、僕たちが伊藤厩舎解散後に梅田厩舎へ移ってからもずっとお世話になった。



上水先生は人気がありとても忙しい先生だが、僕たちは昔からの付き合いなので、毎週の追い切り日(水か木)は午後の一番いい時間に診に来てくれた。
いい時間というのは、僕たちが午後厩舎に行って色々な作業をし、飼葉を付けて帰るまでの間の時間だ。
人気の獣医さんに新規でお願いしたら、普段16時頃には終わって帰れるのに、その獣医さんの厩舎周りの一番後回しになり18〜19時くらいまで待たないといけない。
僕も入っていたトレセン野球部(晩年はOB)のメンバーも、17時30分試合開始とかで「すみません、獣医待ちで行けないかもしれません」とか言ってきてほぼ不参加となる。
厳しく細かい調教師が多い昨今の厩舎事情では、それが当たり前になっている。
昔のベテラン厩務員は、仕事は終わっているのに長く待つくらいなら、「そんな時間まで待ってられるか!」と言ってとっとと帰るか、開業獣医さんを変えるか、診療所に馬を連れて行って診てもらうか……そんな人が多かった。
大きなレースに向かっている馬や、体調などが深刻な状態の馬などはともかく、何の不安もない馬の簡単な馬体チェックや疲労回復注射などに何時間も獣医を待つのは誰もが嫌なものだ。
散々待たされてようやく来ても、大して馬にも触らず「どうもないね」と言って何にもしない獣医もいたし……。
そんなこんなで、僕が今までたいへんお世話になった開業獣医師全員の名前を感謝をこめて挙げさせてもらう。
大藪先生、池田先生、吉村先生、上水先生、平野先生、山内先生。
北海道の長期滞在では、美浦の松永先生、山崎先生、梅本先生、栗東から遠征の大山先生。
その中でも上水先生には、僕の伊藤厩舎時代から梅田厩舎での定年まで本当にお世話になり、多くの担当馬の勝利に力を貸してくれた。

皆さん、本当に長い間ありがとうございました!






