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 ここ数回のコラムでは、僕のマイナーな担当馬や競馬学校時代の話などちょっと重めの話をしてきた。次からはしばらく開いているホースマンシリーズをまた再開しようと思っているが、そんな境目に少し緩いブレイクタイムをはさみたい。

 厩舎従業員の仕事は、時代と共に大きく変わってきた。
 僕は昭和〜平成〜令和と厩務員をやってきた訳だが、戦後すぐからの大先輩達に聞いた話を含めて、この半世紀くらいの競馬の厩舎での仕事はほとんど把握していると思う。
 そんな僕が、よく働いていて思っていた事がある。
 今この厩舎内での仕事で当たり前のように普通に使われていて、誰もがありがたく思っている道具や器具。「これは誰がいつ思いついて使い始めたんやろう?そしてそれを皆に広めた人は誰やろう?その人達には賞でもあげたいな…」
 そんな物を単発シリーズで、いくつか紹介させてもらう。

 ようやく寒くなってきたが、僕たち厩舎従業員にとって一番嫌な季節は「冬」だ。
 調教助手や騎手など調教に騎乗している人は、まず馬に跨っての前運動中は身体が芯から冷え、足先が痺れるくらい痛い。そして馬を走らせるともっと寒くなる。持ち乗り助手や厩務員も騎乗以外の外仕事や水を使う仕事も多く、アカ切れやしもやけなどは日常茶飯事だ。

 そんな皆が大嫌いな冬になって大活躍する器具がある。
 それは「ジェットヒーター」という、体育館や倉庫など広い空間を暖めたり、外壁の塗料や道路工事などで早く乾燥させたい時などに使う暖房温熱送風器具だ。

2000年前後使われた古いタイプのジェットヒーター。
今主流のコンパクトタイプのジェットヒーター。

 現在はほとんどの厩舎で使われていると思われる。
 これは何に使うのか…?厩舎の中を暖める為?と思う人もいるかもだが基本、馬を乾かす器具として使われている。

冬場、濡れた馬を乾かすには不可欠なジェットヒーター。

 競馬ファンなら分かると思うが、馬は犬や猫のように汗をかかない恒温動物と違い、調教やレース後などは大量の汗をかく。それを放置すると不潔になり、皮膚疾患など色々な部分で変調がおきたりするので、僕たち厩務員は常に馬体を清潔に保つために汗を取り、ブラッシングなどで手入れをする。

 暖かい季節は馬も体毛が短いので、水やぬるま湯で丸洗いしてもすぐ乾くが、冬になると冬毛が伸びてきて濡らすとなかなか乾かない。

 冬の寒い日はアスリートである馬の身体を冷やしたくないので、多少の汗はタオルやブラシで落とし、できるだけ丸洗いなどはしないようにする。だが大汗かきの馬もいたり雨の日に泥だらけになったりもし、汚れを取るためにはシャワーなどで全身を洗うしかない日もある。

 そんな時に活躍するのがこの「ジェットヒーター」だ。

 洗い場などで、馬の後ろからかけて暖めたりもするが、基本は馬房に入れてから張ったままや、飼葉を与えながらジェットヒーターをかけて乾かす。

1998年、僕がエアグルーヴをシャワーで洗っているところ。

 僕はそれに加えて扇風機も首振り微風でかけて温風を循環させ、馬が熱すぎないようにしている。

 もちろんジェットヒーターをかけながら、バスタオルなどで拭いて馬を乾かすのだ。

濡れた脚を乾かせないと、しもやけや皮膚疾患の原因になるので、飼葉を食わせながら脚だけをジェットヒーターで乾かせる。
馬の濡れた身体を、草を食べさせながらジェットヒーターで乾かせる。音は大きいが馬はすぐ慣れる。

 ではジェットヒーターが無かった昔はどうしていたのか?
 これは黒歴史なのであまり言いたくないが、まあまあ調教師も従業員も滅茶苦茶だったような気がする。

 欧州などは真冬に競馬開催自体ない国が多く、寒い時期は馬は洗わず汗が乾いてからブラシで手入れするのが基本だったようだ。
 だが日本は冬でも競馬は開催はするし、昔は真冬でも汗をかいたら毎日のように洗ってバスタオルや藁などで拭いていた。

 乾かなかったらそのまま濡れたまま馬服を着せて飼葉を付けたりする事も多々あった。
 1頭目だと2頭目の調教時間には絶対間に合わないし、毛の長い馬などは乾いたタオルで1時間以上拭いていても完全には乾かない。
 後からチェックした調教師が「馬濡れてるやないか!」と怒鳴る事もしばしば…これはほとんどの厩舎での日常だった。

 「いやいや、真冬に毛の長い馬を洗って短時間で乾かせるのは、物理的にも体力的にも不可能!」と皆が思っていたが、調教師に面と向かってそれを言える人は皆無だった。ほとんどの人が調教師にはちゃんと乾かせているフリをしていたのだ。
 まあ僕はまだ若手だったので、冬場に馬を洗ったら遅くまで拭いて乾かせていたが、基本洗わずにブラシだけが多かった記憶がある。

 そんな時代に厩舎で数人「馬焼き」ができる達人がいた。
 太く長い針金を折り曲げて、先端に包帯を約15cmほどグルグル巻き、松明のようにする。そこに灯油を少し染み込ませて火を付ける。
 それを馬の体に触るか触らないかの微妙な距離でサッと振る。すると馬の毛が少しずつチリチリと燃える。これを全身に施し馬の毛を短くするのだ。

 灯油を浸す量や松明の馬の身体への絶妙な距離など、熟練の技が必要で、僕は絶対できなかった……と、いうか馬が火あぶりみたいになりそうで怖すぎてできなかった。
 海外では毛の長い腹回りなどをバリカンで刈るなどしていたようだが、競馬後進国だった日本では、昔はこのように馬を燃やして毛を短くする野蛮な方法が蔓延していた。

 そんなある時、誰が導入したか分からない「ジェットヒーター」が登場した!

 まさに救世主と呼べる品物だった。

 灯油を燃やす器具なので火事の危険性などを憂う調教師もいたが、基本「おまえら馬を擦って乾かすのがしんどいからやろ!」と言う考えが多く、ジェットヒーターを厩務員が自費で買ってきて勝手に使っていると、炎のように怒って使用禁止にする調教師もかなりいた。

 「厩務員が楽する為ではなく、濡れた馬を短時間で乾かせて身体を冷やさないようにするもの」という考えが浸透するには、10年くらいの年月が必要だったように思う。

 今、これを使わせない調教師はほとんどいないし(わずかにいるらしい)、厩舎内がマイナス気温などの時は人がいる時間帯だけでも厩舎内を暖めたり馬具を乾かせたりにも使用しているので、もの凄く重宝している。

 僕が入って10年後くらいの、1990年代前半くらいから徐々に使われ始めたので、これを初めて使った人は僕たちの少し先輩くらいと想像できる。

今や冬の厩舎の必需品、ジェットヒーター。

 このジェットヒーターを馬に使おうと最初に思いつき、買ってきて実践した人物。そして「めっちゃいいから使ってみ!」と皆に広めた人物。

 その人達に僕の独断と偏見で、競馬界厩舎従業員栄誉賞を与えよう!

田中一征 (Kazuyuki Tanaka)

1960年大阪府泉大津市生まれ
JRA栗東トレーニングセンターで、1983〜2007伊藤雄二厩舎、2007〜2025梅田智之厩舎に厩務員として在籍し、2025年7月に定年退職。

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