この My respect horseman シリーズは、僕が馬社会で見聞きした競馬人(ホースマン)を紹介するというもの。
僕が思うホースマンというのは主に、馬主、牧場関係者、調教師、騎手、調教助手、厩務員などだが、競馬記者や主催者サイドなど、長年競馬を世に広めて下さり馬を愛してやまない人達は皆ホースマンだと思っている。
そんなホースマンの中で、世間では名の知れた人気者だが僕は「大嫌い」だという人も少なからずいる。でも逆に僕の事をボロカス言っている人もいるのも知っているし、それはお互い様だろう。
だから悪口を書きたくなる人物はスルーして、僕が大好きだったり尊敬しているホースマンを、独断と偏見に満ち溢れて勝手に紹介させていただく。
このシリーズでまだ騎手は登場していなかったが、もうすぐ春になるこの時期にある騎手達の話をしようと思っていた。
その前にプロローグとして、僕の騎手への思いを交えて1人のジョッキーを紹介させてもらう。
騎手も他のホースマンと同じく、レースの内容や競馬の成績などにはあまりこだわらず、僕が思うその人となりや裏話などを中心に書かせていただく。
僕が騎手の話の1人目を書くなら、僕の担当馬でG1レース4勝を含む重賞10勝、通算で20勝以上の勝利をもたらしてくれた武豊騎手にしないといけないのだろう。
でも彼の話はいずれ載せる予定の「エアグルーヴ物語」が終わってから、グルーヴの流れでお送りしたい。
かなり前置きが長くなったが、騎手の1人目は「幸英明騎手」だ。

専業調教助手と騎手との関係は、昔からちょっと複雑なのでここからは省かせてもらうが、厩務員や持ち乗り調教助手など、馬を担当している人達が嫌いな騎手とは?
大まかに言うと…
人を見て態度(挨拶や会話も)を決める。
勝負にならないと分かった時点(レース前からも)から、馬の為とかではない極端な手抜き競馬をする。
人気馬などで負けたレース後には、必ずといっていいくらい馬のせいかスタッフ(調教や馬具)のせいにする。
調教に乗るのがあまり好きではない。(北海道の滞在でも)
これは極端な例でこんな騎手がたくさんいるという意味ではない。こういった話の細かい部分はまたゆっくり話をするとして、幸騎手はこのどれにも当てはまらないと言いたかったのだ。
栗東トレセンの厩舎従業員で現役騎手の人気投票をしたら、多分1位になるのではないだろうか?
厩舎従業員と騎手というのは相性などもあり、好き嫌いがはっきりしていてよく騎手の悪口を言っているのをあっちゃこっちゃで聞く。
でも幸騎手にいたっては、少なくとも僕の知り合いの中では悪口を聞いた事がない。
僕は担当馬を5〜7回程度乗ってもらっただけだし勝ってもいないので、「大好きな騎手」と言うほどのお付き合いはない。「乗ってもらっていつも気持ちが良く、負けても納得できる騎手」と言わせてもらおう。

幸騎手の成績などは省かせてもらうが、彼の特筆すべき点は騎乗数の多さだろう。
もちろん彼の厩舎人からの人気も理由だが、そのレースに騎乗する馬がいなければ、基本「断らない」方針からだと思う。
他の騎手が嫌がる危険な馬や人気の全くない馬にも騎乗してくれるし、その分レースでの怪我も少なくない。
でも彼は、病院に見舞いに行った同僚の騎手が「化け物です」と言う通り、上半身の怪我なら下半身(逆も)みたいに、かなりの大きな骨折などでも病室ですぐトレーニングを始め、いつも信じられないスピードで復帰を果たす。
つい最近も、昨年11月に引退を決断してもおかしくない大怪我をしたが、たった2ヶ月で復帰をした。
息子さんの大斗君(今年度競馬学校3年生になる)のデビュー予定も1年後だし、もう少しゆっくり治しても良かったと思うが、彼はいつもどんな時も「鉄人」なのだ。

幸騎手はその「鉄人」の呼び名の他に、競馬関係者だけで一時広まっていた呼び名がある。
ファンの間では「みゆきさん」や「ミユッキー」などが有名だが、関係者の一部では「ヨン様」と呼ばれていた時代があった。
幸騎手が二十代後半の時に大人気だった「冬のソナタ」のヨン様ことペ・ヨンジュンの事だが、彼がヨン様に似ているという意味ではない。
いつも誰にでも笑顔で優しく接する幸騎手を、当時おばさま達のアイドルで「微笑みの貴公子」と呼ばれたペ・ヨンジュンに見立てて、食堂や調整ルームのおばちゃん達が陰で「ヨン様」と呼んでいたそうなのだ。
幸騎手は、自分が知らない所でおばちゃん達のハートをガッチリ掴んでいた。

彼は人を選ばず、誰にでも優しい笑顔を見せる。
前の厩舎ではほぼ関係性がなく面識もなかった僕のような一厩務員にも、梅田厩舎時代の担当馬に乗る時は常に礼儀正しく爽やかな対応をしてくれた。
次回は僕が実際に体験した幸英明騎手をご紹介しよう。
つづく






