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2024年11月21日 (金)

 この夏、北海道で馬産地巡りをした方はいらっしゃるだろうか。母馬や子馬の姿は一日中見ても飽きない。ぜひ、ルール、マナーを守って楽しんでください。

 筆者も大学時代はよく馬産地に足を運んだ。今はもう(鵡川駅までしか)ない日高線で静内駅に降り立ち、レンタサイクルで爆走して二十間道路方面へと向かう。当時も今もペーパードライバーなので、自転車と自分の脚が頼りだ。

 静内をひと通り回って、今度は新冠方面へ。今思えば随分な距離を走っていた。まだ電動アシスト自転車もなかった頃だ。二十代だから、できたのだと思う。すっかり暗くなって新冠の民宿へとチェックインし、倒れ込むように寝たことを昨日のように思い出す。

ダービーを逃げ切ったサニーブライアン。
大西直宏騎手はガッツポーズ©スポーツニッポン新聞社

 ただ”楽しい馬産地巡り”は大学までだった。就職し、競馬記者になっての馬産地巡りは、なかなか厳しかった。新聞に掲載できるネタを拾わなければいけないのである。「母馬と子馬がいました。かわいいですね」では原稿にならない。

 若き鈴木記者にも、そんな地獄の指令が出たことがある。97年7月。「3日やるから馬産地から記事を出せ。ゴー!」。鬼デスクから指示を受け、北海道へと飛んだ。

 取りあえず静内駅で降りたが、何か原稿の当てがあるわけではない。情報があふれている今なら、SNSを当たって何かしらのネタを拾えるかもしれないが、当時はインターネットすら黎明期。まずは自転車を借りて近場の牧場に足を運び、牧場の方と少し話してみた。各牧場とも普通の日常を送られているようで(いいことなんですけどね)特に新聞のネタになりそうなことは起きていなかった。

 何の情報も拾えず、静内駅に戻った。駅の待合室で必死に頭を巡らせる。「何かないか、あの牧場は、あの種馬場はどうだ」。目をつぶって考え込むが何も浮かばない。「バカヤロー、出張費が丸々無駄になったじゃねーか」。デスクが怒鳴る声が脳裏に浮かぶ。静内駅の待合室で何時間も焦燥感に駆られたこのシーンは、今もはっきりと頭に浮かぶ。トラウマなんだろうな。

 ホテルにチェックインし、何か手がかりはないかと夜の静内を歩いた。数時間さまよった午後10時くらいだろうか。あるスナックから見慣れた方が出てきた。中尾銑治調教師だった。同年、サニーブライアンで2冠を達成した。

ダービーを勝ち、がっちり握手する中尾銑治師(右)と大西騎手©スポーツニッポン新聞社

 こんな偶然があるのか。思わず駆け出していた。「先生!」「おー、なんだい、どうした」。ここまでの事情を早口で説明した。このチャンスを逃したら、もう原稿など出せないことは分かっていた。「そうか、大変だね。明朝、俺はサニーブライアンに会いにいくけど一緒に行くか?」「行きます!」。恐らく、若き鈴木記者は泣いていたに違いない(苦笑)。

 翌日、師が呼んだタクシーに同乗させてもらい、早田牧場新冠支場に放牧中だったサニーブライアンに会うことができた。サニブーの鼻を優しく撫でる中尾銑師の横顔をカメラでパチリ。サニブーは左前脚の骨折が判明し、手術を終えたばかりだった。「2冠を獲れたし焦ることはないわな。来春の天皇賞が目標かな」。原稿ができただけでなく、デスクが椅子から転げ落ちるスクープまで入手できた。思わず師に手を合わせた。

 ホッとひと息ついていると、牧場の森事務長が声をかけてくれた。「今、シルクジャスティスもいるんですよ。見ていきますか?」。何ですとー!ダービー1、2着馬が目と鼻の先で夏を過ごしている。これまたナイスネタだった。森事務長は「秋もいいところ行くんじゃないかな」と予言。さすがだった。シルクジャスティスは同年の有馬記念馬となった。

 今も馬産地といえば、静内の街を思い出す。夜のネオンの中に中尾銑師の姿を見つけたあの瞬間は、一生忘れないだろう。

鈴木正

1969年(昭44)生まれ、東京都出身。93年スポニチ入社。96年から中央競馬担当。テイエムオペラオー、ディープインパクトなどの番記者を務める。BSイレブン競馬中継解説者。

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