実況は「広い府中を独り旅!」と叫んだ。03年ジャパンCで優勝馬タップダンスシチーが2着ザッツザプレンティにつけた着差は、つけもつけたり9馬身。今もさんぜんと輝くジャパンCにおける最大着差だ。
前日からの雨で馬場は「重」。当日午前11時には雨は上がったが、芝のコンディションはなかなか回復しなかった。
重馬場での過去2戦は4、5着だったタップダンスシチー。だが、佐藤哲三騎手に馬場を気にする様子はなかった。「折り合いさえつけば大丈夫」。自信を持って大一番に臨んだ。
1枠1番からロケットスタート。すぐに3馬身ほどのリードを取った。何かを察したか、安藤勝己騎手騎乗のザッツザプレンティが差を詰めにかかるが、1、2コーナー中間からタップダンスシチーはグッとペースを上げた。
ここのラップが12秒4-11秒8。さすがのアンカツも諦めた。向正面で10馬身の差がついた。「大丈夫なのか」「速すぎだろう」。スタンドがどよめく。だが、全て佐藤哲三騎手の計算の範囲内だった。「2コーナーで、ずいぶん後続と離れていて、これならいけると思った。不安はなかった。タップのペースで走っていた」
ターフビジョンが後続との差を映し出すたびに「おおーっ」という声が上がった。4コーナー。2番手との差はまだ6馬身ほどあった。この時点で佐藤哲三騎手は勝利を確信した。「スタートと4つのコーナー。ポイントとなる5カ所を全て馬がクリアした。100点満点だった」
直線でもタップダンスシチーの勢いは衰えず、後続も差を詰めてこない。1番人気シンボリクリスエスは馬群でモマれていた。不良馬場だが全く汚れていない勝負服。佐藤哲三騎手とタップダンスシチーが9馬身差をつけてゴールへと飛び込んだ。
「この勝利は格別の味がする。夢がかなった気持ちだ」。佐藤哲三の言葉には万感がこもっていた。タップダンスシチーからさかのぼること19年。佐藤少年は84年ジャパンC、カツラギエースの逃げ切りに心が震えた。いつかジャパンCに乗りたい、勝ちたい、そう思ってきたが、ついにその日がやってきた。
佐々木晶三調教師も顔をクシャクシャにさせて喜んだ。「出走するだけでも夢のようなのに。これで調教師をやめてもいいくらいだ」。騎手出身の同師。第1回ジャパンCを見て殴られたような衝撃を受けた。牝馬メアジードーツのすさまじい決め手に思わず声が出た。それ以来、ジャパンC制覇を目標に掲げてきた。そんな大一番を管理馬が史上最大着差で制した。天にも昇る気分だった。
筆者もこの日、東京競馬場で大一番を目撃した。レース直後、喜ぶタップダンスシチー陣営の横を通ったオリビエ・ペリエ。佐藤哲三の姿を見つけると、1番人気シンボリクリスエスで3着に敗れた男は、こう話しかけた。「オメデトウ。でも、グランプリでは着順はチェンジするはずだよ」。横で聞いた筆者は思わず震え上がったが…結果はここには記さないでおこう。