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2025年07月07日 (月)

 先日、久しぶりに都電荒川線に乗った。今は「東京さくらトラム」という愛称があるらしい。外国人観光客が数人、大荷物で乗り込んできて車内は大混雑だった。

 ゆっくりと流れる窓の外の風景を見ながら根本康広調教師のことを思い出した。師は北区の「梶原」という停留所そばの古書店の生まれ。下町生まれであることに誇りを持っていると話していた。昨年秋は愛弟子である藤田菜七子元騎手の引退騒動で心身ともにすり減ったはずだが、今年、管理馬ニシノヒナアラレで早くも白星。11番人気馬での勝利で、騎手時代、大穴男としてならした根本師らしかった。

 美浦トレセンに通った頃、根本師と話すことは筆者の楽しみの1つだった。素足にローファーを履いて、さっそうと調教スタンドに現れる。そんなおしゃれな調教師は根本師しかいない。

根本康広師©スポーツニッポン新聞社

 「先生、僕は気付いてますよ。ものすごくファッションにこだわりがありますよね」。水を向けると、出るわ出るわ、過去の逸話が。DCブランドブームのはるか昔から原宿に通い、お気に入りのファッションを探したという。おしゃれ仲間には芸能人もいたそうだ。

 そんな、最先端のファッションを追究する人でありながら、古き競馬のしきたりにも順応する柔軟性が根本師にはあった。

 師匠である橋本輝雄調教師の元、若い頃は住み込みで雑用も多かったが、懸命にこなした。騎手として87年日本ダービーをメリーナイスで制したが、同馬は橋本厩舎の馬。師匠の年齢的に、このメリーナイスがダービー制覇のラストチャンスだった。何とか師匠のためにもダービーを勝ちたいと思い、自らの乗り方なども見つめ直した。その結果が6馬身差の圧勝につながった。騎手界のファッションリーダーは泥臭い師弟愛も持ち合わせていた。

 調教師となってからの功績も大だ。藤田菜七子元騎手をはじめ、現役では丸山元気騎手、野中悠太郎騎手、長浜鴻緒騎手を弟子として育てている。

 今、競馬学校が「この新人騎手を預かってもらえませんか」と打診しても断られるケースが増えているという。厩舎経営も弱肉強食の時代。新人を預かる暇も育てる余裕もない、ということなのだろう。分からないでもないが、それでは後進がいなくなり、競馬が先細ってしまう。そんな競馬界にしたくないので、根本師は積極的に新人騎手を預かって鍛えているのだ。自分が橋本師に育てられたように、である。

 根本師は26年2月いっぱいで定年を迎える。多趣味な人なので、トレセンを離れても日々、多忙となりそうだが、趣味の1つを教えてくれた。映画、ドラマのエキストラに登録しているのだという。どんなエキストラぶりなのか見ものだが、ダービーを優勝してヒーローインタビューまで受けた方だ。映画「優駿 ORACION」でオラシオンの主戦騎手を演じたこともある。一般のエキストラよりはるかに堂に入ったものだろう。ドラマや映画を見ていたら「あっ!」と驚く時があるかもしれない。

鈴木正 (Tadashi Suzuki)

1969年(昭44)生まれ、東京都出身。93年スポニチ入社。96年から中央競馬担当。テイエムオペラオー、ディープインパクトなどの番記者を務める。BSイレブン競馬中継解説者。

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