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2025年09月18日 (木)

 本日3月5日付で東西9人の調教師が新規開業を迎えた。みなさんになじみの深い元騎手の方は田中勝春師、秋山真一郎師の2人。筆者は関東の記者で、田中勝春師には随分とお世話になった。

 GⅠ勝ちもある田中勝春師だが、筆者が最も印象深いのは02年弥生賞。バランスオブゲームで逃げ切った一戦だ。分かる人にはもう分かる。そう、“カラスのおかげ”のレースである。

02年弥生賞を逃げ切ったバランスオブゲーム©スポーツニッポン新聞社

 02年弥生賞は11頭立て。1番人気はホッカイドウ競馬出身で藤沢和雄厩舎に転厩し、朝日杯FS2着のヤマノブリザードだった。

 新潟2歳Sを勝ち、朝日杯4着から臨んだバランスオブゲームは4番人気。4枠4番とまずまずの枠を取れたこともあり、先手を奪って馬群を引っ張った。

 重賞Vがあるとはいえ、ここが4戦目の若駒。バランスオブゲームは向正面で力みそうになった。まずいな、ペースが上がってしまう…。田中勝春騎手が身構えた時、バランスオブゲームの力みがフッと消えた。前方の内ラチにとまっていたカラスに視線が釘付けになり、いい意味で走りから気持ちがそれたのだ。

 カラスのおかげで、ここのラップを13秒3-13秒0で通過できたバランスオブゲーム。その後は自ら11秒台を刻み続け、最後はローマンエンパイアの猛追を半馬身、しのぎ切った。

 「ゴーサインを出してからの反応は凄いね。坂を上がって、もうひと伸びしたところで勝利を確信したよ」。まずは馬の強さを称えた同騎手。そこから先は“カッチー爆笑劇場”となった。

 「いやー、物見に助けられることがあるんだね。カラスのおかげだよ。本番(皐月賞)でも作り物のカラスを向正面に置こうか」。ドッと沸く報道陣。ある記者が「カリカリする馬の御し方をつかんだのでは?」と聞くと、「うん、分かったよ。何も考えないことだな。馬任せ」。報道陣は再度、爆笑の渦に包まれた。

 田中勝春騎手が「カラスのおかげ」と勝因を明かしてくれたことは非常にありがたかった。鍛え上げられたサラブレッドも、やはり1頭の動物であり、競走中でもひょんなものが目に入ったりすることを改めて教えてくれた。それも全て含めて競馬ということ。「対処法は何も考えないこと」は、ある意味、真実なのだろうと思えた。

 思い出したのは95年有馬記念。10着に敗れたジェニュインについて、岡部幸雄騎手(引退)は「風にやられた。風を気にして道中の行きっぷりが本物ではなかった。直線では高く舞い上がる紙くずを気にしてフォームがバラバラになってしまった」と敗因を語った。

 この言葉は当時、大いに話題となった。「風が敗因だってよ」。筆者の競馬仲間は半ばあきれたように話した。今ならSNSで、いい意味でも悪い意味でも話題を集めたことだろう。

 だが、長く競馬を見続けてきた今なら、はっきりと分かる。カラスのおかげで勝ち、風のせいで負ける。それが競馬だ。それを面白いと思うか、危ういと捉えるかはこちらの自由だが、筆者はとても魅力的に感じる。馬たちの個性が、よりはっきりと見えてくるからだ。

 勝因や敗因が自然現象によると感じた騎手はレース後、どんどんそのようにコメントしてほしい。そして、それを受け入れる度量が自分を含めたファンにも欲しい。生きた動物が走るという「競馬」にとって、それは避けて通れないことだと思うからだ。

鈴木正 (Tadashi Suzuki)

1969年(昭44)生まれ、東京都出身。93年スポニチ入社。96年から中央競馬担当。テイエムオペラオー、ディープインパクトなどの番記者を務める。BSイレブン競馬中継解説者。

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