今週はGIも一休み。GIIが3競走行われるが、ここはマイラーズカップを取り上げたい。マイラーズカップといえば…やはり97年、武幸四郎騎手(現調教師)とオースミタイクーンである。
デビュー週の初勝利が何とGII制覇。冷静に考えて、もう永久に並ばれない記録だろう。今や新人騎手がデビュー週に重賞に乗ることすら難しい。
まずはレースを振り返っておく。オースミタイクーンは14頭中の11番人気。オープンを連勝したが、重賞では10、11、10着と2桁着順を重ね、ここは8カ月の休み明け。人気は妥当なところだろう。
ところが、その伏兵オースミタイクーンが堂々たる立ち回りを見せる。

馬群の真ん中、7番手でしっかり折り合うと、直線を向いてサッと外に出し、進路を確保した。右ムチを数発叩き込むとオースミタイクーンはグッと伸びた。残り150メートルで先頭。外からロイヤルスズカとヤマニンパラダイスが迫ったが、オースミタイクーンが首差、先んじていた。
ゴール後、阪神競馬場は歓声とも、ため息とも違う、どよめきに包まれた。すごいものを見た、というムードがスタンドを覆っていた。
デビューとなった前日土曜は8頭に乗って3着が最高。この日も2番人気馬で7着、3番人気馬で10着といいところがなかった武幸四郎騎手。それが、重賞ではベテランが見せるお手本のような騎乗を見せて勝ってしまうのだから驚いた。
筆者は当日、中山競馬場にいた。メインは弥生賞。だが、サイレンススズカがスタート直前、ゲートの前扉の下から抜け出て上村洋行騎手(現調教師)を振り落としてしまって馬体検査。予定ではマイラーズカップの5分前に発走するはずだったが、遅れに遅れ、弥生賞は確か、マイラーズカップのレース中か、ゴール後にスタートを切ったように記憶する。
弥生賞を制したのはランニングゲイル。武豊騎手が騎乗していた。ファンの歓声に手を振って検量室に戻ってきたところで「西のメインは幸四郎が勝ったぞ」と聞かされた。武豊騎手の第一声は確か「うそっ」だったと記憶する。
ランニングゲイルについてのヒーローインタビューが終わった後、記者が改めて武豊騎手のもとに集まった。武幸四郎騎手の快挙について聞くためだ。「本当にびっくりしましたね。恐れ入りました」。うなずく報道陣。「昨日のレースを見て、とても勝てるようには見えなかった。それで勝っちゃうんだから」。天才と呼ばれる兄がこれだけ驚いている。弟はいったい、どれだけ凄い騎手になるのだろう、空恐ろしいと感じた。
その日、中山にはオリビエ・ペリエもいたので、武幸四郎騎手の快挙について聞いてみた。「フランスでは新人がいきなり重賞を勝つなんて考えられないよ」。まあ、そうだろう。もっと厳しい生存競争があるべきだ、と言いたいのかな?とも思ったが、それは勘ぐりすぎか。
翌日、スポニチ本紙1面に掲載されたコメントを読んで、武幸四郎騎手は、やはりただ者ではないと感じた。「マイラーズカップはスタートしたら、周囲の騎手たちの勝負服がやけにクッキリと見えた。そうしたら、すごく落ち着けた。それまでのレースは全くそんなことなかったのに…」
マイラーズカップだけ、突然ゾーンに入った、ということか。ベタな結論で恐縮だが、やっぱり血のなせる業だよなあ、と思わされた一戦だった。