今週は札幌でクイーンS。何度も現場で見届けたレースだが、中でも強く印象に残る00年トゥザヴィクトリーを取り上げたい。
力があることは誰もが知っているが、なぜか勝ち切れない。そんなタイプの馬だった。
サンデーサイレンス産駒で気品のあるスラリとしたフォルム。パドックでの雰囲気は他を圧倒していた。

新馬戦を制し、3戦目のつばき賞で牡馬相手に3馬身半差の圧勝を決め、一躍、クラシックの主役候補へと躍り出た。
だが、ここから惜敗を重ねる。アネモネSでは単勝1.4倍の圧倒的1番人気で3着。桜花賞には抽選で出走できたが、また3着。オークスは先団にいた馬の中で唯一、上位に残る奮闘を見せたが2着に終わった。
3歳秋は心身の歯車が全くかみ合わず2戦とも完敗。休養を挟んで2戦して(5、2着)状態を上げて臨んだのが00年クイーンSだった。
当時、札幌に滞在していた筆者。間近で見るトゥザヴィクトリーは本当に美しかった。引き運動を「いい馬だよなあ」とホレボレしながら見とれたのは、この馬が初めてだった。皮膚もピカピカで状態の良さは見た目にも明らかだった。
そして00年8月10日。ファン100人を集めた札幌競馬場での公開調教で、トゥザヴィクトリーはあっと驚く追い切りを披露する。クイーンSでの手綱を取る藤田伸二騎手(引退)を背にダートコースを真一文字に突き抜けたのだ。
と言っても、ガシガシ押したわけではない。鞍上は手綱を抑えたまま。馬が自ら首をリズミカルに動かし、四肢を大きく躍動させて前へと突き進んだ。
自分は池江泰郎調教師の真後ろで調教を見ていた。ゴールの瞬間、ストップウオッチを押して、数字を見た指揮官は声を上げた。「えっ?こんなに速いの?押し間違えたかもしれんな」
自分もストップウオッチを押していた。似たような数字だった。押し間違いではない。6ハロンから79秒6。ラスト1ハロンは11秒7を刻んでいた。
藤田騎手は涼しい顔で言った。「そんなに速くは感じなかった。それがオープン馬というものじゃないかな。全く無理していないし、スムーズそのものだった」
レース結果は言うまでもない。3枠3番から主導権を握ったトゥザヴィクトリーは後続に全く隙を見せないまま逃げ切った。勝負どころで11秒5とラップを上げ、ラストを12秒0-12秒0でまとめられては後続はお手上げた。
それでも藤田騎手は今がピークじゃない、まだ伸びしろがあると説明した。「力んだまま走っている。それでこの勝ち方だからね。やっぱり能力は凄いものがある。1番人気だから自信を持って乗ったが、さすがだよ」。これでリラックスして走れるようになったら、どれだけ強い馬になるのか。筆者は感心しながら鞍上の言葉をノートにメモした。
「思い通りのレース。自分で競馬をつくって最後まで頑張ったのだから大したものですよ。想像以上のスピードでした」。池江泰郎調教師も目尻を下げて語った。
これがトゥザヴィクトリーにとっての初重賞制覇。タイトル獲得はもちろんめでたいが、筆者はダートコースで圧巻の動きを見せた追い切りも重要な契機となったと考える。指揮官をはじめ、見届けた誰もがトゥザヴィクトリーに高いダート適性を感じた。そのことが翌年のドバイワールドC2着につながったのではないか。
今思えば、日本競馬の歴史において重要な意味を持ったクイーンSだった。