レパードSと聞いて思い出す馬を前回のトランセンドに次いで挙げたい。第6回、14年の覇者アジアエクスプレス。2歳時に芝のGⅠ・朝日杯フューチュリティSを制した馬の優勝で、また1段階、レパードSの格が上がったように思えた。
7枠13番から互角のスタート。逃げるクライスマイルの外3番手につけ、流れに乗った。

「流れに乗った」と書いたが、この時の戸崎圭太騎手とアジアエクスプレスの一体ぶりは凄かった。クライスマイルの1馬身後方に位置して、そこから全く動かなかった。動く歩道に乗っているかのようにオートマチックに見えた。
宙を浮くような走りに目を奪われたのは理由がある。アジアエクスプレスの前走・ユニコーンS。1番人気に推されながら12着と大敗した。1枠2番から内ラチ沿いを進み、周囲を他馬にグッと固められたことで、ストレスを感じている様子だった。
直線を向いても何かを警戒する様子がありありと見え、戸崎騎手のムチに全く反応しなかった。スピードを上げることを自制しているようにも見える。頭のいい馬なのだろうと思いながら筆者は見ていた。
敗戦の後、陣営は手を打った。2週前、1週前の追い切りでブリンカーを着用。視野を狭めて調教に集中させた上で強いメニューを課した。レースでもブリンカーを使用した。
その上での戸崎騎手の騎乗ぶりだ。ストレスのない外を回り、クライスマイルを目標に設定させ、「あの馬を見ながら走ればいいから。周囲に馬もいないでしょ?安全なんですよ」とでもアジアエクスプレスに話しかけているような乗り方だった。4角までの走りは、今見ると、さながら近未来カーの自動運転のようだ。
ストレスなしに直線を向いたアジアエクスプレス。鋭い伸びを見せるであろうことは明白だった。手前を替え、クライスマイルをかわす。しっかり前に出た。後続はあっという間に置き去り。2着クライスマイルに3馬身半差をつけてフィニッシュ。この差は過去16回のレパードSで最大の着差だ。
当たり前のことだが、馬にも気持ちがあり、感情がある。そこを理解し、くみ取ってあげることが力を出し切る近道なのだと、このレースで改めて認識した。同時に、戸崎騎手が好成績を上げ続ける理由が垣間見えた気がした。
これは余談だが、アジアエクスプレスの馬名の由来を知っているか?と関係者に聞かれたことがある。戦時中、大連とハルビンとの間を高速で結んだ南満洲鉄道の超特急「あじあ」が、その由来なのだそうだ。「あじあ」の名は漠然と知ってはいたが、「アジアエクスプレス」という馬名とは結びついていなかった。
なるほどと思い、超特急「あじあ」について調べると、大連では日本からの船に接続し、日本から満洲へと渡る人々の重要な移動、輸送ルートだったという。馬場幸夫オーナーは、超高速で駆け抜けるパワフルな蒸気機関車という意味合いだけでなく、海の向こうへと飛翔するイメージも抱いて、この馬名を託したような気がしてならなかった。
何と言っても朝日杯を勝った時、鞍上のライアン・ムーアが「まるでデクラレーションオブウォーのようなスピードだ」と語った馬だ。同馬は英国の芝のGⅠで2勝を挙げ、海を渡った米国ではダートのブリーダーズカップクラシックで3着に入ったほどの名馬。アジアエクスプレスも、その壮大な馬名にたがわぬグローバルな活躍があっておかしくない素質を秘めた馬だった。