2005年8月21日、第41回札幌記念当日。その朝のことは今も覚えている。
すすきのの歓楽街から少し離れたホテルで起床し、弊紙とライバルN紙を買おうとコンビニに足を運んだところ…。ないのだ、スポーツ新聞が。正確に言うと、主要紙がきれいさっぱり売り切れていたのだ。

何が起こったのか。前日、夏の甲子園で地元北海道の駒大苫小牧が優勝。しかも連覇したのだった。当時2年の田中将大がリリーフでゲームを締めくくり、マウンドで吠えた。その記念すべき新聞を札幌市民がこぞって買い求め、コンビニからスポーツ紙が消えたのだった。
別のコンビニで新聞を購入し、競馬場へと向かった。すると、明らかにお客さんの高揚感が、いつもの日曜とは明らかに違っていることに気がついた。駒大苫小牧が連覇したことが大きいのだろう。昨日は甲子園で楽しんだ。今日は競馬で楽しむぞ、という前向きな明るさが競馬場に充満していた。
この特別感は今日しか味わえないものかもしれない。そんな気がして、意味なく場内を歩き回ったことを思い出す。出店で軽食を買い求め「昨日は燃えましたねー」なんて自分も店の人に話しかけたのではなかったかな。東京からの出張記者なのに(苦笑)。
ちなみに4Rの新馬戦では、のちの有馬記念馬マツリダゴッホが7馬身差の快勝。詰めかけた札幌の競馬ファンへのいいプレゼントとなったかもしれない。
そんな、東京の記者も高揚する独特のムード、テンションの中で行われた札幌記念を制したのは9番人気ヘヴンリーロマンスだった。
前週のクイーンSでレクレドールの2着に敗れており、ここは連闘の一戦。4角8番手から空いたスペースに迷わず飛び込み、最後はインから脚を繰り出したファストタテヤマとの追い比べ。頭差、ヘヴンリーロマンスが先着した。
3着には逃げたコイントスが残り、3連単は9、12、13番人気の組み合わせ。275万9500円の大荒れ配当となり、当時のJRA重賞レースでの最高配当記録となった。
配当がターフビジョンに映し出された時のどよめきは凄かった。「おおーっ」という声があちこちから上がった。当時はWIN5もなく、3連単も導入されたばかり。ファンは高額配当を見慣れていなかった。
割と堅い決着が多かった札幌記念で、このようなウルトラ配当が出たことが、ちょっと信じられない思いだった。「やっぱり今日はいつもと違う日だな」。そんな思いにとらわれた。
自分は予想も馬券も、かすりもしなかったが、レース前、後輩記者が「連闘のヘヴンリーロマンス、ちょっと面白そうですよ」と言っていた。当コラムでも以前に紹介した丸内永舟調教助手が、こう話したという。「間隔を空けると集中力が途切れるから、詰めて使った方が走る。牡馬相手といっても昨年の秋にはアイポッパーと差のない競馬をしているし、アサクサデンエンに完勝したこともあるからね」。自分が厩舎に聞きに行った時は、ここまでの言葉は引き出せなかった。頭から伏兵と決めてかかって、丸内助手に話しかけていたのだろう。猛烈に反省したことを覚えている。
ヘヴンリーロマンスのその後は言うまでもないだろう。再び牡馬相手の天皇賞・秋へと挑み、14番人気ながら快勝した。栄えある天覧競馬であり、松永幹夫騎手(現調教師)が馬上から最敬礼した姿は競馬史に深く刻まれている。
特別な盛り上がりを見せた札幌記念を制したヘヴンリーロマンスなら、人気薄で天覧競馬を制しても何ら不思議はない。何かを持っている馬なんだ。天皇賞後の松永騎手の姿を見ながら、そんな思いがよぎった。