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2025年09月10日 (水)

 高崎競馬場跡地の4コーナー付近で、当時の競馬場を知る紳士と出会い、すっかり当時の競馬場へとタイムスリップしてしまった。

 紳士の思い出トークは続く。当時の競馬場、熱気はありましたか?「いやいや、人はいなかったよ。寂しいもんだった。誰かが馬券をそれなりに買うと、いきなりオッズがガクンと動くんだ。それだけ、買う人もいなかったということかな」

「競馬場通り」の案内板©スポーツニッポン新聞社

 おっとっと。いきなり現実へと引き戻された。ただ、それが競馬場の真実だったのだろう。「今も毎日、この遊歩道を歩いています。今日は懐かしい気持ちになれました」。紳士の言葉は最後までスマートである。こちらも感謝の言葉を繰り返し述べ、紳士はゴール前へ、筆者は3コーナーへと分かれて向かった。

 桜の木は元気いっぱいだ。春は遊歩道をピンク色に染めるのだろう。五感を研ぎ澄ませていたら、美浦トレセンと同じような、独特の馬のにおいがしてきた。この地から馬がいなくなって、もう20年以上が経過する。自分の鼻がノスタルジーモードになっているのか、それとも土に馬のにおいが本当に残っているのか。まあ、前者なのだろう。

Gメッセ群馬©スポーツニッポン新聞社

 向正面に到着した。完全なる住宅街。居酒屋があったり、喫茶店があったり。ここで馬具を扱う店でもあればすぐに飛び込むのだが、残念ながらなかった。

 ただ、恒例の“アレ”を発見した。「競馬場通り」の案内板である。そう、昔も今も向正面の道路は「競馬場通り」なのだ。

 宇都宮にも競馬場通りは存在し、目黒では「元競馬場」の交差点が健在だった。意外にも、競馬場が廃止されても、競馬場と名がつく地名はすぐには消えないのかもしれない。

 こういうことなのだろう。地元の人は「今、そこには競馬場はない」ということは100パーセント知っている。また、競馬場通りの名があっても「競馬場があると思って、ここに来てしまった」など奇特な苦情を言うビジターもいない。つまり、誰にも不都合がないので「競馬場通り」の名は生き続けるのだ。これは新たな発見だった。

こちらがBAOO高崎©スポーツニッポン新聞社

 そんな人生の役に全く立たないことを繰り返し考察しながら2~1コーナーを回り、旧ゴール付近へ。ドデカいGメッセを左に見つつ、こぢんまりとした2階建ての建造物へと足を踏み入れた。場外馬券売り場「BAOO高崎」である。

別角度からのBAOO高崎©スポーツニッポン新聞社

 この日は園田と船橋の馬券を売っていた。フロアにいたのは警備のオジサンただ1人。いきなり緊張が高まったが、ベテランのお客さんが1人、入ってきて監視の目が緩んだ。よかった。

 フロアの片隅で喉を潤す。旧競馬場は1周1200メートルだったから、猛暑の中、1キロ程度はゆうに歩いてきたことになる。ホッとひと息ついていると、騎手の写真がいっぱい貼られたホワイトボードが目に入った。

 矢野貴之、加藤和博、野澤憲彦、藤江渉の4騎手。いずれも北関東競馬出身で今も南関東で奮闘するジョッキーだ。内田利雄元騎手の写真もあり「46年間、お疲れ様でした」の言葉が添えてある。恐らく、昨年末に引退した森泰斗元騎手(現調教師=足利競馬出身)の写真もあったのだろう。

BAOO高崎内のホワイトボード。北関東競馬出身の騎手を応援しているとのこと©スポーツニッポン新聞社
かつてのホームストレッチ。今は遊歩道©スポーツニッポン新聞社

 北関東競馬。今も残っていたら、確実に存在感のあるものだったに違いない。廃止されたのは痛恨の極みだが、こうして訪ね歩くことで、競馬場っていいものですよ、これ以上なくしてはいけませんよ、ということを間接的に伝えられたらうれしい。あの紳士が、その大事なことを教えてくれたように思う。

鈴木正 (Tadashi Suzuki)

1969年(昭44)生まれ、東京都出身。93年スポニチ入社。96年から中央競馬担当。テイエムオペラオー、ディープインパクトなどの番記者を務める。BSイレブン競馬中継解説者。

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