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 武蔵野Sで無事に戦線復帰したカネヒキリ。走った後の患部の状態も良好で、1カ月後のジャパンカップダートに向け、調教のピッチはグッと上がった。

 迎えた大一番。ヴァーミリアン、サクセスブロッケン、ブルーコンコルド、地方からはフリオーソ。メンバーは強力だった。

08年ジャパンカップダートを勝ち、復活を遂げたカネヒキリ(左)©スポーツニッポン新聞社

 初騎乗のクリストフ・ルメールに導かれ、5番手付近で折り合ったカネヒキリ。直線を向くと、イン2頭目、前がしっかりと開いた。2度のリハビリに耐えた馬、関係者を称えるように目の前に広がったビクトリーロードだった。

 残り200メートルを切って先頭に立ったカネヒキリがメイショウトウコン、ヴァーミリアンの力強い追い上げをわずかに振り切った。

 検量室前の雰囲気は独特のものがあった。角居厩舎スタッフ、牧場関係者は泣きながら抱き合い、互いの健闘を称え合った。金子真人オーナー、角居勝彦調教師はうっすらと涙を浮かべながら立ち尽くしていた。カネヒキリの生命力に圧倒されているかのようだった。

 ガッツポーズをしながら引き揚げるルメール。角居師はわれに返ったように「ありがとう」と殊勲の鞍上に声をかけ、馬の首をポンと叩いた。

 「引退という言葉はね、何度もよぎったんですよ」。感無量の表情で角居師が話した。

 「多くのGⅠを勝たせてもらいましたが、今日の勝利は特別です。感動しました」。涙にくれるスタッフの様子を見れば、苦労が多かったであろうことは、よく分かった。

 腕利きぞろいの同厩舎とはいえ、ウォーミングアップの質・量、調教の強度、脚元を冷やすタイミング、その時間、そして午後のケア。ちょっと考えただけでも膨大な量のチェックポイントがある。毎朝、カネヒキリの脚元を触るのが怖くて仕方なかったに違いない。「リハビリには苦心しました」。師も正直な思いを吐露した。

 「医学の進歩のおかげであり、僕が何かをしたわけではありません。馬がレースに向けて、自分から調子を上げていったんです」。師はそう言って謙遜したが、大いなる挑戦だったことは間違いない。

 牝馬ウオッカでのダービー制覇や、海外での輝かしい戦績など、競馬界に革命を起こした角居師だが、このカネヒキリの復活劇も日本競馬におけるエポックメーキングだった。師が残した、後世に誇るべき財産であった。

 優勝インタビューの最後に「次走はどこに?」と聞かれた角居師。「この脚元では1戦1戦が勝負なので、予定が立ちません。十分にケアをして、負担の少ない国内戦に専念します」。そう言いながらも1カ月と間隔を置くことなく、カネヒキリは東京大賞典を快勝。続く川崎記念も制してみせた。

 角居師とは、どこまで魔術師なのだろうか。この頃、厩舎で「先生は本当は馬と話ができるのではないですか?」と本気でスタッフに聞いて、一笑に付されたのは私である。

 それはさておき。今の競馬において「屈腱炎明け」の表記を見たら、カネヒキリのことを思い出してほしい。カネヒキリの奮闘のおかげで、日本の競走馬の再生医療は長足の進歩を遂げたのである。

鈴木正 (Tadashi Suzuki)

1969年(昭44)生まれ、東京都出身。93年スポニチ入社。96年から中央競馬担当。テイエムオペラオー、ディープインパクトなどの番記者を務める。BSイレブン競馬中継解説者。

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