今週は京都で伝統の京都記念。筆者にとって最も思い出深いのは11年、トゥザグローリーが制した一戦だ。ディープインパクトの番記者として大変お世話になった池江泰郎調教師が定年引退目前、しっかりと1番人気に応えて勝ち切るという、さすがの勝負強さを披露した。決して忘れることはできない。
栗東を訪れるたびに自宅に迎えて歓待してくれた市川明彦厩務員が池江泰郎厩舎所属としてチャレンジする最後の重賞舞台でもあった。きっちりと自身の重賞21勝目をマーク。師の定年後、トゥザグローリーとは厩舎が別になるため、これがコンビを組む最後のレース。見事に勝った後、「まだまだ成長できる。順調ならGⅠを獲れる素材」とエールを贈った。これも忘れられないシーンだった。

そんな重要な一戦を任せられ、見事に勝利に導いたのがウンベルト・リスポリ。イタリア出身。この時が初めての短期免許取得だった。
来日初戦を6番人気馬でいきなり勝ち、翌週の日経新春杯をルーラーシップで快勝。そして、この京都記念V。「とても強い馬だ。3角を回ったあたりで、これは勝てると思った。自分は乗っているだけだった」。世界には凄い騎手がいるものだと思った。
ところが、だ。この約1カ月後、東日本大震災が起こった。
テレビで何度も流れる津波の映像。余震の恐怖。日本にいた外国人は当時、一斉に母国へと戻っていった。
だが、リスポリは日本に残った。なぜ、イタリアに戻ろうと思わなかったのか。彼はこう答えた。「日本人は凄い。被災しても一切、パニックを起こすことなく、復興に向けて耐え抜いている。非常に感銘を受けた。だから自分も残ることにしたんだ」
ありがたかった。同時にハートが非常にタフな男なのだと感じた。
大震災の16日後。阪神で高松宮記念が行われた。すでにリスポリの熱いハートに触れていた筆者は、彼が騎乗するキンシャサノキセキ(3番人気)から勝負。リスポリは見事に勝ち切った。地震の恐怖を味わったはずの関東馬が1~3着独占。普段、美浦に詰める記者として胸に熱いものがこみ上げた。
リスポリはその後、母国イタリア競馬の低迷のあおりを受け、フランスや香港へと拠点を移した後、米国に腰を据えた。香港でルーラーシップを勝たせ(12年クイーンエリザベス2世C)、23年ワールドオールスタージョッキーズに参戦したりもしたが、短期免許取得はなかなかかなわず、日本とは縁が遠くなっていた。
そんなリスポリの話題を昨年は久々に何度も耳にした。
米3冠競走。リスポリはジャーナリズムとコンビを組み、ケンタッキーダービー2着、プリークネスS1着、ベルモントS2着と奮闘した。イタリア出身の騎手が米3冠レースを勝つのは初めての快挙だった。
昨年11月20日。香港ジョッキークラブからこんなメディアリリースが届いた。「インターナショナル・ジョッキーズ・チャンピオンシップ」に出場するリスポリを取り上げた記事をピックアップしていた。
その中でリスポリはこう語っていた。「ジャーナリズムと過ごした1年間は素晴らしいものだった。彼は私が乗った中で最高の馬。しかし、ルーラーシップを忘れるわけにはいきません。彼が日本と香港で私に与えてくれたものは私にとって大きな意味を持つのです」
その言葉を目にして、ルーラーシップ、トゥザグローリー、キンシャサノキセキの鞍上で躍動する姿が瞬時に思い出された。ウンベルト・リスポリ。ぜひとも、また来日してほしい騎手である。






