いよいよ26年のGⅠが始まる。今週はダートの決戦、フェブラリーステークスだ。
筆者がフェブラリーステークスと聞いて真っ先に思い出すのは03年。中山競馬場で行われ、ゴールドアリュールが制した一戦だ。武豊騎手がトップ騎手であり続ける理由がはっきりと理解できたレースだった。

お手本のような勝ち方だった。3枠5番からスタートを決め、逃げるカネツフルーヴを見ながら3番手につけたゴールドアリュール。4コーナーは手応え十分に2番手で回って直線へ。残り250メートルで先頭に立ち、4角3番手から懸命に追い上げる3番人気ビワシンセイキを首差振り切り、待望のJRA・GⅠ初制覇を果たした。
さて、ここまでなら“強い馬が普通に強かった”で終わってしまう。このレースが印象深いのは、勝利に導くまでの武豊騎手の“思考”が非常に勉強になったからだ。
まずは徹頭徹尾、内にこだわったこと。「逃げる必要はなかった。内を走れればいいと思っていた」。この日のダートコースは終日、やや重。脚抜きが良くて前が止まらず、勝つのは4角4番手以内の馬ばかりだった。
だからといって、逃げにこだわってはリズムを崩す可能性がある。他に主張する馬がいた時に、馬のリズムを修正できなくなる可能性があるからだ。“内にこだわる”は馬のリズムを優先し、なおかつ経済コースで馬に負担をかけない、ベターな方針だったように思えた。
もっと驚いたのは最後の直線を迎えてからの武豊騎手の冷静な判断だ。
逃げたカネツフルーヴをかわしつつ、背後から蹄音が聞こえた。それまでの位置取りや流れから、間違いなくビワシンセイキだと武豊騎手は確信した。
そこでビワシンセイキなら、どれだけの脚を使ってくるかを予測した。それに合わせてゴールドアリュールを追い出す地点を決めた。
見せムチをかざしつつ、残り200メートルを切ったところで左ムチを入れてゴールドアリュールを鼓舞した。残り100メートルを切り、1完歩ずつ差を詰めたビワシンセイキ。だが、ゴールドアリュールがクビ差しのぎ切ったところがゴールだった。
よく我慢したな、と感心したが、実は全て武豊騎手の計算通りだった。「ビワシンセイキも強くてしぶとい馬。最後まで気は抜けなかった」。そう話したところで、はたと気付いた。 武豊騎手はビワシンセイキへの騎乗歴があったのだ。しかも直近の平安ステークス(4着)で騎乗している。
さらにビワシンセイキの成績をさかのぼって、あっと声が出た。前年秋の秋嶺ステークス。武豊騎手はこのフェブラリーステークスと同じ舞台(中山ダート1800メートル)でビワシンセイキに乗り、1着へと導いていた。
この時の上がり3ハロンが38秒4。フェブラリーステークスで使った上がりは…38秒3だった。良馬場(秋嶺ステークス)とやや重馬場(フェブラリーステークス)の違いこそあれ、ビワシンセイキは武豊騎手の読み通りの脚を使い、読み通りにクビ差、敗れたことになる。武豊騎手、何という恐ろしい人だ…と思った。
生前の伊藤雄二調教師と筆者との間で、こんなやりとりが、かつてあった。ある有力管理馬の次走、鞍上をどうするか。空いている騎手を探し、ある成績上位騎手を提案した筆者に、名調教師はこう言った。「その騎手はいずれGⅠで別の有力馬に乗ってくる。こちらの手の内を見せるわけにはいかんから乗せられんわな」
今日の味方は、明日の強敵。騎乗術の奥深さを知ったフェブラリーステークスだった。






