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 3月7日に行われた中山牝馬ステークスを6番人気エセルフリーダが制した。

武藤雅騎手(28=水野)はこれが初重賞制覇。父・善則調教師(58)はJRA重賞5勝目だが、息子との重賞Vは初めてということになる。

元「さくら学院」メンバー、つまりアイドルを生業としていた、雅騎手の姉・武藤彩未さんも競馬場に来場。エセルフリーダの名付け親だそうで、雅騎手と喜びのハイタッチをかわし、ファンへのサインもサービスしていた。非常に華やかなレース後の風景だった。

中山牝馬Sをエセルフリーダで制し、がっちり握手の武藤善則師(左)と武藤雅騎手©スポーツニッポン新聞社

レース後に上がった彩未さんのXによれば、この日はお母様(つまり武藤師の奥様)の誕生日だったという。「なんていい日」と彩未さんも記していたが、まさに武藤家全員が心から笑顔になれる日だった。

この光景を見届けると、既視感が頭をよぎった。何だろう、この不思議な感覚は…。

何となく予感がして、武藤雅騎手が競馬学校に入学した14年4月の取材ノートを引っ張り出した。筆者は33期生の入学式をリポートするために千葉県白井の競馬学校を訪れていた。

武藤騎手候補生は当時、こんな野望を筆者に明かしていた。「姉がアイドル歌手で今月、ソロデビューなんです。父が管理する馬で、姉がプレゼンターのレースを勝って、母にその勝利をプレゼントしたい」

おわー、既視感の正体はこれだった!まだ騎手にもなっていない雅少年が抱いた野望が、そっくりそのまま、この日に実現したのである。

彩未さんはプレゼンターではなかったが、来場していたのだから、もうプレゼンターも同様だろう(強引?)。そして、母の誕生日に勝った以上、これは母にプレゼントしたも同然である。

既視感の正体はこれだった。雅騎手、すごいぞ。本当にすごいことをやってのけた。

だが、武藤家のネタをもう少し探そうとノートをさらにめくったところ、発見してしまった。このような心温まる風景がなかった世界線も、実はあり得たのだ(オーバー)。

武藤師が、騎手を目指すべく競馬学校で奮闘していた約40年前の話。

あまりにつらいカリキュラムに音を上げ、武藤少年はある夜、同期とこう話した。「オレはもう無理だ。明日、教官に退学届を出す」「オレも限界だ。よし、オレも一緒に退学届を出す」

退学届を出す運命の日の朝、同期があることに気付き、武藤少年にこう伝えた。「武藤、今日の夕食のメニュー知ってるか?鉄火丼なんだよ。オレ、鉄火丼には目がないんだ。退学届、先延ばしにしてもいいか?」「あ、うん。じゃあそうしようか」

やめるタイミングを失った武藤少年。そのまま卒業まで踏ん張り抜き、めでたく騎手となった。

「今の僕があるのは鉄火丼のおかげなんだよね」

ちなみに退学をささやき合った同期とは岩戸孝樹調教師だった。

つまり、あの夜のメニューが鉄火丼でなかったら、武藤善則騎手も武藤雅騎手も競馬の世界には存在しなかったことになる。武藤彩未さんも、アイドルにはなったかもしれないが、競馬場にはいなかった。

あの日の鉄火丼よ、本当にありがとう。そして武藤家の皆様、運命的な重賞制覇、本当におめでとうございました。なんていい日!

鈴木正 (Tadashi Suzuki)

1969年(昭44)生まれ、東京都出身。93年スポニチ入社。96年から中央競馬担当。テイエムオペラオー、ディープインパクトなどの番記者を務める。BSイレブン競馬中継解説者。

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