今週末は札幌記念。真夏のGⅡ戦だが、競馬場はGⅠ級の熱気に満ちる。北の地の大一番だ。
札幌記念は数え切れないほど現地で観戦したが、最も思い出深いのはファインモーションが優勝した04年だ。
管理したのは伊藤雄二調教師。エアグルーヴなど数々の名馬をターフへと送り出した名伯楽だが、その名調教師をして「初めて牧場で見て、受けた衝撃でいうならファインモーションは飛び抜けていた」と語ったほどの素材だった。
筆者が「ビビッと来た感じですか?」と聞くと、「ビビッどころではない。ビリビリーッや」と笑顔で話したシーンを今も思い出す。
デビュー6連勝で秋華賞、エリザベス女王杯を制した才女。ところが、精神面のスランプに陥り、勝てないレースが続いた。
迎えた札幌記念。武豊騎手は最後方待機の思い切った策に出る。見事に折り合ったファインモーションは外から豪快に差し切った。これが彼女にとって最後の輝きとなった。
ファインモーションで思い出すのは伊藤雄二調教師の言葉だ。「ファインモーションがあれだけの馬になったのは松永幹夫君のおかげ。彼がいい仕事をしてくれたからだ」。
01年暮れの新馬戦を勝ったファインモーション。じっくりと充電し、翌年夏の函館から始動して、秋にGⅠ戦線を目指すことが決まった。
だが、ここで困ったことがあった。新馬戦のパートナーである武豊騎手が夏、欧州への長期遠征に出ることが決まっていた。代役が必要になる。伊藤雄二師は以下の3点が重要だと考えた。
まず「勝ち続けること」。秋のGⅠに出るためには賞金が必要だ。時間的に考えて、1戦も落とせない。
そして「レースを覚えさせつつ、レースに嫌なイメージを持たせないこと」。ライバルが強くなれば、それだけレースは厳しくなる。それでも競馬に嫌なイメージを持たせたくない。
最後に「秋華賞では武豊騎手に乗り替わること」。これはなかなか厳しい。手塩にかけて競馬を覚えさせ、勝たせたところで手綱を渡さなければならない。
師が白羽の矢を立てたのは松永幹夫騎手(現調教師)だった。もちろん前述の3条件も示した。同騎手は「喜んで騎乗させていただきます」と快諾したという。
同騎手は見事に函館での500万戦、阿寒湖特別、ローズSを3連勝。秋華賞では武豊騎手にバトンを渡した。
その秋華賞は単勝1・1倍の圧倒的人気。好位で立ち回る、見ていて安心できる取り口で3馬身半差の圧勝を飾った。
レース後、武豊騎手は「レース前に幹夫さんが、何も心配せずに乗って大丈夫、と言ってくれた。安心して乗っていました」と松永幹夫騎手に感謝した。
ファインモーションで思い出す2人の名手。これがプロの仕事なのだと目の前で見て何度も感じた。