私事で恐縮だが、今週末の22日は「BSイレブン競馬中継」の解説を担当する。オールカマー、神戸新聞杯ともに秋を占う重要な一戦。予想を当てたいのはもちろんだが、視聴者の皆さんの予想の参考になるよう、しっかりとレース分析をしたい。解説者とは、レースを見終えた後の方が大事だと常々思っている。
少しだけ中継の裏話をすると、解説者ははっきり言ってオンエア中、ずっとバタバタだ(自分だけか?)。
レース中、自分が馬券を買った馬だけ見ていては、勝ち馬がどんなコースを通って抜け出してきたか分からない。さらには道中のペースは?2着馬はどこから来た?3着馬は?目が6つも8つも欲しいくらいだ。これらを改めてVTRを見ることなく、ゴール後わずか30秒程度で解説しなければならない。
だから自分は相当に神経を張り詰めてレースを見ている。中継が終わると頭も体もぐったりだ。いつも涼しい顔でレース解説をしている方というのは、まさに達人の領域。コツを聞いてみたいが、なかなかその機会は訪れない。
さて、生放送といえばハプニングが付きもの。自分はゲートに馬が入らずスタートが数分遅れる程度のアクシデントで済んでいるが、同時発走にでもなったら司会も解説者も本当に大変だろう。そうだ、かつての、あるシーンを思い出した。94年京都新聞杯だ。
現在、京都新聞杯は春に行われているが、以前は秋に行われ、菊花賞の最終関門的な位置づけだった。そこに春の2冠馬ナリタブライアンが登場した。
京都3歳Sからダービーまで、朝日杯3歳S、皐月賞を含めて無敵の6連勝。ダービーでは2着エアダブリンに5馬身差をつけ、史上最強馬の呼び声すら出始めた頃だ。単勝は当たり前のように元返しの1.0倍。敗れるシーンは誰も考えていなかった。
ある放送局が中継にゲストを呼んだ。ナリタブライアンの生産牧場の場長。2冠馬が夏をどう過ごしたのかを説明し、周囲は「ここは負けられない。3冠に向けて絶好のスタートを期待です」などと持ち上げた。
ところが、だ。直線を向き、外から抜け出しにかかったナリタブライアンだが、ややモタついた。イン2頭目から抜けた3番人気スターマンが迫る。前に出た。ゴールではスターマンが首差、先着していた。実況の杉本清アナは「ナリタブライアン、ピンチ!苦しい。変わったー!スターマン…」。そう言って5秒ほど絶句した。
中継がスタジオに戻る。誰も何もしゃべれない。だが、この時、思った。競馬には本当に筋書きなどないのだ。こういう誰も予想できないシーンが現実のものとなるから面白い。面白いというのは、凍りついたスタジオを見て、あはは面白いと言っているわけではない。想像しえぬことが起こる。心からの驚きがある。それは競馬の大きな魅力だと感じたのだ。
ただ、競馬中継に少しでも関与している者としては、いろいろ想像してしまう。生放送が終わった後、スタッフはあの場長にどんな声をかけたのか。どんな話をしながら、用意しているであろうタクシーまで付き添ったのか。「大丈夫ですよ、菊花賞は勝って3冠ですよ。今日は休み明けですものね」なんてエレベーターの中で白々しく言ったのだろうか(実際そうなったが)。そこで場長はどう返すのだろう。うーん、想像するだけで恐ろしい。