数え切れないほど競馬場へと通ったが、レース中1度だけ雷が鳴ったことがある。それがテイエムプリキュアが勝った05年阪神ジュベナイルフィリーズだ。
18頭が4コーナーに差し掛かった時だった。真っ黒な曇天に稲光が走った。そして雷鳴が「ゴロゴロッ」と阪神競馬場にとどろいた。
この雷鳴がゴーサインの合図かのようにグッと伸びたのが8番人気テイエムプリキュアだった。それまで手応えを失いつつあったのに、文字通り、息を吹き返した。しっかりとハミを取り、馬群を割る。熊沢重文騎手はゴール前、手綱を緩める余裕があった。決定的な1馬身半差。熊沢重文騎手は何かを叫びながら左腕を突き上げ、薬指のシルバーリングにキスをした。
現場にいた筆者だったが、テイエムプリキュアが勝つことは申し訳ないことに想定外だった。どんな原稿に組み立てるか、頭の中でシミュレーションしながら検量室前へと移動した。
「雷鳴がゴーサイン」「テイエム軍団のGⅠ制覇はテイエムオーシャン以来」「熊沢重文騎手のGⅠ制覇は91年有馬記念のダイユウサク以来」。ここまで瞬時に整理できた。ところで…。
「プリキュア」って何だ?
今ならスマホでサッと検索できるが05年当時の折り畳みケータイに、そこまでのスピード感があっただろうか。不安いっぱいに竹園正継オーナーへの取材を開始したことを覚えているから、恐らく調べがつかなかったのだろう。
「この馬はセリ(北海道オータムセール)でわずか250万円だったんだ。今までで一番安かったが、一番うれしい勝利になった。買った時は牡馬のような雰囲気で“この馬で桜花賞に行くぞ”と言ったんだ」。まずはいいエピソードを提供してくれた竹園正継オーナー。そして一番、聞きたかったことを聞いた。「オーナー、ところでプリキュアって馬名は?」「娘が名付けたんだ。テレビアニメらしいぞ」。なるほど、そうなのか。
他紙の女性記者から「ふたりはプリキュア」というタイトルと、女子中学生2人が変身して悪と戦うというストーリーであるという情報も入手できた。検量室前で難しい顔をしている記者たちの姿がテレビでも映ることがあるが、意外とこんな情報交換もしているのである。あ、今はスマホを見た方が早いか。
熊沢重文騎手からは「ダイユウサク以来か…。昔のことで忘れてしまった。ずいぶんと時間がたったね」という、しびれるコメントを得ることができた。
五十嵐忠男調教師は重賞初勝利がうれしいGⅠとなった。「ありがとう、みんなありがとう。悪い馬場は苦にしないと思っていたので恵みの雨だった。掲示板はあるかと思っていたが…凄い馬だ」。翌春の目標は当然、桜花賞だが、ステップとするレースは未定。「僕が興奮して舞い上がっているので、次のことがまだ考えられないんだ」。同じ“次走は未定”でも、こんな理由なら心がほっこりしてしまう。いい原稿が書けそうな予感を持ちながら、記者席へと戻った。
“いい具材”がそろっていたので原稿はあっという間に書き上がった。他社の記者も次々と仕事が終了し、記者席はリラックスタイムとなった。「プリキュアって何のことか分からなくて、どうしようかと思ったよ」「セーラームーンならわずかに分かるけどなあ」「オレなんかキャンディキャンディまでだよ」「オレは花の子ルンルン」。オッサンばかりの記者席が若干、気持ち悪い空間になったことは否めなかった(苦笑)。