前回に続いて松田国英厩舎(すでに解散)を取り上げる。同厩舎を取材して、筆者が非常に勉強になったことは前回、記した。
こんなことがあった。キングカメハメハが04年毎日杯を勝ち、NHKマイルCからダービーへと向かおうとしていた、ある週だったと思う。なにげなく「キングカメハメハは見るたびにたくましくなっていますね。体重はさほど変わっていなくても、いい筋肉がついたように思います」と、指揮官に話した。
師はにんまりとして「そうでしょう、そうでしょう。それはこういう理由なんです」と答え、そこからマシンガントークを展開した。筆者は一言も聞き逃すまいと取材ノートに必死にメモした。
それは「超回復理論」というものだった。筋肉はトレーニングを行うと、微細な破壊が起こって弱くなる。だが、エネルギー源を吸収しつつ、正しく休息を取ると、一般的に72時間程度で筋肉は修復され、しかも破壊前より成長、パワーアップしている(超回復)、というものだ。
松田国英師によれば、キングカメハメハは超回復理論が非常にフィットするタイプで、この時期は驚くほどに筋肉がパンプアップしていたという。「だから追い切りは3日おきに行っているんですか。理にかなっているんですね」。筆者が驚きの声を上げると、師は笑顔を浮かべた。
居ても立ってもいられなくなり、その日の業務が終わった夕方、栗東から京都・四条河原町へと出て、大型書店へと駆け込んだ。「超回復理論」について詳しく調べるためだ。当時、インターネットで検索する文化はまだ浸透していなかった。
分厚い専門書を広げると、あったあった「超回復理論」。筋肉の部位によって回復する時間が違うこと、休息はしっかりと取らなければ効果がないこと、回復期に吸収する栄養も重要であること、などが書かれていた。残念ながら馬の筋肉については触れていなかったが、おおむね、人間と共通なのだろうと認識した。
書店を出た時はもう外は真っ暗だったが、充実感でいっぱいだったことを覚えている。水曜に追い切って木、金曜を休息し、土日の競馬に備えることには、しっかりとした理論の裏付けがあったのだ。何となく分かっていたつもりだったが、ここまではっきりと理論で示されると、本当に腑に落ちた。次回からは追い切りの様子が以前とは違って見えた。理論を知っているのと知らないとでは、見え方まで違ってくるのだと驚いた。
松田国英師は「NHKマイルCとダービーをともに勝つ馬をつくりたい。そしてその馬を種牡馬にしたい。マイルのスピードと、チャンピオンディスタンスである2400mへの適性を備えた馬が、この先の競馬をつくっていくはずですから」と話していた。そして、ついにキングカメハメハで悲願をかなえた。そのキングカメハメハは実際に種馬となり、ディープインパクトに対抗する一大勢力を形成する大種牡馬となった。
昨年には顕彰馬となったキングカメハメハ。日本競馬に貢献したことを認められたということだ。NHKマイルCとダービーを勝つ直前に指揮官から、なぜキングカメハメハは強くなれるのかを聞けたことは非常に幸運だった。