
ちょっと調べ物があり、JRAの書庫にて「優駿」の創刊号を読んだ。1941年(昭16)5月1日発行。あと7カ月も経過すれば真珠湾攻撃が起こって太平洋戦争に突入するわけで、まさに戦争前夜の頃の発行だが、その雑誌がいまだに元気いっぱいであることに感動を禁じ得ない。
そして、中身も素晴らしいのである。まずは「四歳呼馬の性能検討」(井上康文著)。今風に言えば「今年の3歳馬能力比較」のようなもので、要はクラシック大予想である。
この年は、今も「セントライト記念」に名を残すセントライトが史上初の3冠を達成する。牡馬は有力馬を11頭ピックアップしているが当然、セントライトも名を連ねた。ちなみに牝馬は8頭を取り上げ、ブランドソールという馬をトップに挙げた。
「選び出した十一頭のうち、まず競走においてその真の実力を示しているのはセントライト」
「調教の進展、競走の実際から見て、セントライト、ブランドソールは東京優駿競走には最も有力な候補馬であると思われる」
文章は現代風に修正させてもらったが、予想家として胸を張っていい原稿だろう。結果、第10回東京優駿はセントライトが8馬身差の完勝。ちなみに牝馬ブランドソールは7着。パワーを要求される重馬場で力を出し切れなかったか。
「ラップタイム測定の重要性と競走様式の記録について」(櫻井信雄著)も注目すべき原稿だ。「ラップタイム」とは、まさに今でいうラップと同じ意味。200mを1ハロンとしてタイムを取り、比較検討する点も同じである。
なお、ハロンは「ファロン」と表記しており、その語源にも言及している。「ファ」は「ファー」で畦溝(あぜみぞ)のこと。「ロン」は「ロング」で長さ。「1組(8頭)の牛が中休みをせずに手頃に耕せるだけの距離を指す」とのこと。耕作の専門用語だったのか。これは初めて知った。
著者の櫻井氏はラップを“どう使うか”も教えてくれる。スローで流れて逃げ馬が押し切るような競馬はレースとして評価しにくく、逃げ馬を目がけて道中でグッとラップが上がったようなレースは、ラストでどの馬も体力的に厳しくなっており、勝った馬を評価していいレースだと記している。
また、レコードが出たレースでは、レコード決着を呼ぶ要因となった速いペースで引っ張って敗れた馬にも注目すべきというようなことも言っている。これは今の競馬にも十分、通用する発想だ。
ちなみに、レースのラップタイムは当時、公式に発表されていなかったようで、櫻井氏は「特殊な機械は使用せず、しかも1人で行った」と、ドヤ顔で(想像)記している。昭和16年というレースVTRもない時代に、これだけのことを丹念に記録する人がいたことに改めて驚く。このような恐ろしき競馬マニア(褒めている)の手によって、競馬は進歩してきたのだ。
今もレース中、1000m通過地点などで「60秒0」などとテレビ画面上で教えてくれるが、もっと細かく伝えることは可能だろう。櫻井氏が現在の競馬を見たら「ラップこそレースの命。もっと頻繁に表示しなさい」と言うかもしれない。