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2025年03月12日 (水)

 日本プロ野球における歴代盗塁数ランキングで1065盗塁(2位は広瀬叔功の596)をマークし、トップに君臨し続ける元阪急(現オリックス)の福本豊さん。その極意は各投手の“癖”をつかむというものだ。

 一塁ベースに背中を向け、セットポジションに構えるライバル球団のエース級投手。そのユニフォームにできる“シワ”の具合から、次の球をホームに投げるか、一塁にけん制するのかが分かったのだという。

 筆者は小5からパ・リーグの試合にせっせと通ってきたが、福本氏がピッチャーが動き出す前にベースからするすると離れて盗塁を決めるシーンを何度も見た。

 そんな話をトレセンである騎手としている時「騎手にも癖がある」と小声で教えてくれた。

ナリタトップロードの追い切りを終えた的場均騎手©スポーツニッポン新聞社

 あるライバル騎手は新潟の直線1000メートル競馬の時、右(あるいは左)にムチを持ったら、もう持ち替えないのだという。「だから直線競馬で彼の後ろにいたら、どちらの手にムチを持っているかを見たね。彼の右に出すか、左に出すか、いいヒントになったよ」

 それは面白いと思い、「新聞で書いていい?」と聞くと「絶対ダメ」。そうだよなあ、これこそメシの種だもんなあ、と納得。自分が引退したら書いていいということだったので、今さらではあるが、ここに書き留めておく。

 癖といえば、こんなこともあった。00年有馬記念。99年菊花賞馬のナリタトップロードは、それまでのレースの全ての手綱を取った渡辺薫彦騎手(現調教師)を下ろし、的場均騎手(同)を鞍上に据えることとなった。「第三者の目で渡辺にナリタトップロードの競馬を見てほしい」という師匠・沖芳夫調教師(引退)の親心からだった。
 的場騎手は有馬Vに向け、2週連続で栗東での追い切りにまたがった。筆者も新幹線で隣の席を確保し、取材を兼ねて同行した。行きの新幹線。ナリタトップロードの印象などを聞いていると、的場騎手がこんなことを言ってきた。「テイエムオペラオーの和田(竜二)君を見かけたら教えてほしい。彼と話す機会をつくりたい」

 追い切り当日。的場騎手はナリタトップロードと人馬一体の動きを見せ、沖厩舎で沖師、渡辺騎手とともにじっくり作戦を練った。そして調教スタンドへと戻ると、ちょうど和田騎手が通りかかった。的場騎手は「よろしく」とあいさつし、和田騎手と二、三言葉を交わした。

 帰りの新幹線。的場騎手は語った。「ナリタトップロードの雰囲気、様子をしっかりとつかむことができた。来たかいはあったね」。そして、こう付け加えた。「もっと大きい成果があったよ。テイエムオペラオーの和田君と話ができたことだ」
 「えっ?どういうことですか」と聞く筆者。「彼の表情、性格、しぐさの一端を知ることができた。そういったことを知っておけば、レース中、彼の動きからテイエムオペラオーが今、どんな状態なのか、ここからどう動くのか、いち早く察知できるかもしれない。競馬はそういう情報も大事なんだ」
 「ははあー、そうですか」と目を丸くする筆者。的場騎手は優しく笑みを浮かべながら「有馬記念はもう始まっている、ということだよ」と、しびれるセリフを口にした。

 その有馬記念でナリタトップロードは9着に終わったが、道中でジワジワとポジションを上げ、4角で2番手に取り付いた時にはオオッと思わせた。見せ場は十分にあった。
 和田騎手の癖、というか、さまざまな情報を全力で取りに行った的場騎手。福本豊氏と同様、超一流プレーヤーの情報収集力、分析力の凄みを垣間見た思いだった。

鈴木正

1969年(昭44)生まれ、東京都出身。93年スポニチ入社。96年から中央競馬担当。テイエムオペラオー、ディープインパクトなどの番記者を務める。BSイレブン競馬中継解説者。

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