今週は天皇賞・春。筆者が見てきた、この淀の長距離頂上決戦で最もレース前にワクワクしたのは92年で間違いない。メジロマックイーンとトウカイテイオーで人気を二分した、あの一戦である。
メジロマックイーンは現在の表記でいう5歳。前年の天皇賞・春を2馬身半差つけて勝っており、ここは連覇に挑む一戦だ。前年秋の天皇賞では斜行で18着の憂き目に遭うなどリズムを崩したが、この春は阪神大賞典を5馬身差つけて圧勝し、ベクトルは上向いていた。

一方のトウカイテイオーは4歳。前年の皐月賞、ダービーを無敗のまま、ともに快勝。骨折で3冠はならなかったが、復帰初戦の大阪杯(当時GII)は無事クリア。7戦無敗で、ここに挑んだ。
メジロマックイーン対トウカイテイオー。まさにドリームマッチだった。大げさでなく、天皇賞ウイークの競馬ファンのあいさつは「どちらが勝つと思う?」だった。
この大一番が盛り上がったのは両陣営が出すコメントが非常に生き生きとしたものであったから。筆者はそう考えている。そんな両者の舌戦をスポニチは「マック、テイオー、淀の頂上決戦」という緊急連載を組んで連日、詳報していた。その連載を参考にしながら振り返りたい。
今も各文献に残る岡部幸雄騎手の有名な言葉が飛び出したのは、前哨戦の大阪杯の追い切りだった。トウカイテイオーに栗東坂路で初めてまたがった岡部騎手は報道陣を前にこう話した。「予想以上の動きだった。どこまでも、地の果てまで伸びて行く感じ。稽古だけでもまたがらせてもらえないかと思っていた馬。レースで乗れることを生涯の財産にしたい」
地の果てまで伸びて行く。いつもクールな岡部騎手がここまで言うのか。報道陣は驚いた。以後、マックVSテイオーの舌戦において、岡部騎手は基本“自信、称賛”の方向で進んでいった。
そして迎えた当該週。火曜朝、メジロマックイーンの鞍上・武豊騎手は栗東で報道陣に囲まれた。「トウカイテイオーは強い馬ですよ。でも、乗ったことがない以上、奥の深さは推し量れない。ただ、(天皇賞)秋の2000メートルよりも今回の方が、より負かすチャンスはあるでしょう」。テイオーの本当の強さは分からないとしながらも、距離のアドバンテージはこちらにあるとの判断。冷静だった。
迎えた追い切り。称賛のテイオー、冷静のマックイーンの構図は変わらなかった。
坂路で追い切ったトウカイテイオー。手綱を取った岡部騎手は、駆けつけた内村正則オーナーに「文句なしです。素晴らしいコンディションです」と興奮気味に報告した。報道陣には「これほどの名馬に乗れるチャンスは一生のうちに何度もない。騎手生活を終えた時、5頭くらい、こんな馬に巡り会えていたら最高だね」。最大級の賛辞でテイオーを称えた。
一方のメジロマックイーン。ダートコースで武豊騎手を背に併せ馬。いつものメニューを冷静にこなした。 記者会見ではいきなり「トウカイテイオーをどう思うか?」と核心を突く質問が飛んだ。「大阪杯を見て、その完璧さにショックを受けました。死角を探すだけでも大変です」。武豊騎手はいったん、相手を持ち上げた。そして、こう続けた。「でも、テイオーがどれだけ強くてもマックイーンは最も得意な距離で戦える。3000メートル以上なら彼も自信を持って走れるし、僕も能力を出し切れる自信があります」。適性はこちらにあり。武豊騎手の主張は最後までブレなかった。
世間を二分して盛り上がった一戦だが、あっけなく勝負はついた。2周目3コーナーで早々と先頭に立ったメジロマックイーン。背後からトウカイテイオーが差を詰めにかかったが、並ぶことができない。むしろ引き離された。浮くようなフットワークになって下がっていくトウカイテイオー。一方、メジロマックイーンはジリジリと前に出てねじ伏せた。メジロマックイーン連覇。トウカイテイオーは5着、キャリア初の黒星を喫した。
実はスタート直前、メジロマックイーンの右前脚の蹄鉄が割れ、6分間にわたる蹄鉄の打ち直しがあった。動揺があってもおかしくないところ。だが、メジロマックイーンは打ち直しの間もおとなしく待ち、ロケットスタートを決めた。武豊騎手は「別に変わったことではないでしょう」。平然と言い切った。
「あの6分間が大きく影響したのでは?」。敗戦にうなだれる岡部騎手に報道陣が言葉を投げかける。岡部騎手はきっぱりと否定した。「トウカイテイオーは、そんなレベルの馬じゃないよ」
勝者と敗者。両者はともにプライドを持って、結果を受け入れた。期待したマッチレースにはならなかった。ただ、ファンも「こういう結果もまた、競馬だよな」という感情で、レースを楽しんだように思う。