オークスといえば忘れられない一戦がある10年、アパパネとサンテミリオンによる、GⅠ史上初となる1着同着だ。
写真判定は実に12分。着順を示す、検量室内のホワイトボードの1着欄に、アパパネを示す「17」とサンテミリオンのゼッケン番号「18」が並んで書き込まれると、関係者、報道陣から拍手が起こった。
同着の2頭は道中も似たような位置で運んだ。8番手で流れに乗ったサンテミリオン。その動きを見るように11番手でアパパネは進んだ。
直線を向き、アグネスワルツが先頭に立つ。そこに外から並んで襲いかかったのがサンテミリオンとアパパネだ。残り200メートルで先頭に立ったのは、わずかにアパパネ。食い下がるサンテミリオン。「アパパネ、サンテミリオン」「アパパネ、サンテミリオン」「アパパネ、サンテミリオン」。実況は2頭の馬名を3度連呼し、「全く並んでゴールイン」。その通り、2頭は全く並んでいた。

ここで写真判定について、ちょっと解説。JRAの写真判定は決勝審判員3人の合議制で決定する。キャビネサイズの判定写真を元に肉眼で見極め、判定写真の拡大などは行わない。写真判定の間、3人がどのような会話をかわすのかは分からないが、「全く差が認められません」と3人全員が認識した時、「同着」の判定が下ることとなる。
まず、検量室前に戻ってきたのはアパパネだった。実は蛯名正義騎手(現調教師)は負けたと思っており、2着馬が入る場所にアパパネを誘導した。ところが周囲に「恐らく勝っているから1着の場所へ」と促され、1着のゾーンで脱鞍した。
そこに戻ってきたのがサンテミリオン。横山典弘騎手は、勝っているはずと思っていた。ところが1着馬のスペースにアパパネがいるではないか。「おかしいなあ。勝っていると思うんだが…」。首をかしげながら2着の場所に馬を入れた。
そこに両馬の優勝が告げられる。両陣営は、まず仲間内で喜びを分かち合った後、同着となったライバル陣営の健闘を称えた。いい光景だった。
その後、お立ち台で爆笑の珍事が展開する。先にお立ち台に立ったのは蛯名騎手。横で待っていた横山典弘に“ノリちゃんも上がりなよ”とばかりに呼び寄せた。
「負けなくてよかったよ。距離や外枠。いろいろ言われたが、いい意味で裏切ることができた。どっちも勝者だからね。感動した」。2冠を達成してホッとしつつ、同着という思いも寄らぬ結末にジーンとしている感じの蛯名騎手。一方の横山典弘騎手は、ひたすら笑顔、底抜けの笑顔だった。
「たとえ同着でもGⅠを勝つということは本当に難しい。これは2人(横山典と蛯名)で一生懸命やった結果だよ。素晴らしい!」。そして互いに「おめでとう!」と叫び、抱き合った。
実はこの同着Vまで、オークスは7年連続で関西馬が制していた。蛯名騎手も横山典騎手も内心、じくじたる思いだっただろうし、それは関東の記者も感じていたことだった。そんな関西馬の壁をついに突破しただけでなく、競馬史上に残る結末で、お立ち台では関東が誇る騎手2人の漫才のようなインタビューまで見ることができた。関東の記者であることの幸せを感じることができたオークスだった。