心と体がバラバラになり、12年天皇賞・春で11着に惨敗したオルフェーヴル。もう“珍負け”などと温かく見守る段階ではなくなった。
池江泰寿調教師は「今後は白紙。出直します」と沈痛な表情を浮かべた。池添謙一騎手は厳しい言葉を浴び、「初めて騎手を辞めようかと思った。もうGⅠには乗らない方がいいのかとも考えた」と、のちに明かしている。
だが、陣営の“心の立て直し”は早かった。惨敗の6日後には「次走は宝塚記念」と池江師が発表。同時に凱旋門賞の1次登録も済ませた。まずは自らを背水の陣に置き、捨て身でオルフェーヴルとともに取り組む姿勢を打ち出した。

中間、池添騎手は放牧先の牧場へと赴き、自らまたがった。個人的には、これが大きかったと感じる。阪神大賞典で“日頃の指示と違う、どうなっているんだ”と人間に不信感を抱いたであろうオルフェーヴル。その時の鞍上が牧場に現れ、“もう一度、オレの言うことを信じてくれ”と伝えてきた。オルフェーヴルの心はグッと動いたはずだ。
筆者が最終的に「オルフェーヴルが勝つ」と考え、準備するに至ったのは、追い切り後の関係者の言葉に復活の可能性を感じたからだ。
「最後に苦しがって右へモタれたでしょう。あれは1週前追いでよく見せてきたしぐさ。ダービーや菊花賞の時と見比べてほしい」(池江師)。慌てて菊花賞の1週前追いを見直した。確かに坂路でモタれていた。そして本追い切りで真っすぐに駆け上がり、楽々と3冠を手にした。「つまり、いい時の1週前の段階まで来たということですよ」。池江師の言葉に大いに納得した。
オルフェーヴルは、どこかの段階で人間への信頼を取り戻したのだ。そして改めてハードな調教に取り組み、好調時の手前まで戻した。ここまで来れば、地力の違いで押し切れるのではないか。
池添騎手の感触も同レベルにあった。「調教に乗っている分には不安はない。今回は折り合いを重視。位置取りは考えず、出た感じでレースをしたい。一番強い馬だという思いは変わらないし、しっかり結果を出したい」。馬の精神面への不安は感じていない様子。あとはレース中に気持ちを壊さないよう走るつもりなのだろう。オルフェーヴルとの心のコミュニケーションはしっかり取れているように思えた。
そして…オルフェーヴルは勝った。中団の馬群で折り合いに専念していたと思ったら、勝負どころでいきなり抜け出してきた。外から迫ろうとするルーラーシップを右ムチ数発であっさり突き放す。想像をはるかに超える強さだった。
「やはり怪物。これはもう絶対能力と根性の違いです。疑ってごめんなさい。そして、おめでとう」。池江師の言葉が面白い。“管理している馬”ではなく“管理させていただいている怪物”という雰囲気が伝わる。
そして、3冠や有馬記念を制した時より、強くなっているようにも思えた。人間との信頼感がより強固になったことで、オルフェーヴルの強さはさらに上の次元へと上がったのだろうと思えた。
池添騎手はパドックで池江師にこう、声をかけられ、勇気が湧いたという。「馬を信じよう。自信を持っていこう」
馬と人間は、当然ながら話せない。しかし、そこでどう気持ちを伝えていくか。信頼していることをどうやって馬に分からせるか。競馬における最大のテーマを池江師と池添騎手は懸命に遂行した。その物語をつぶさに見ることができた。
「これはドラマに満ちたものすごい優勝です。ぜひ1面で行きましょう」。筆者の必死のアピールも効いたか、翌日、スポニチはオルフェーヴルの復活を1面で報じた。筆者にとっても忘れられない業務の1つとなった。