今週は札幌記念。まさに北の大地の大一番で、過去の名勝負を挙げれば切りがないが、今回は03年サクラプレジデントを取り上げたい。
サクラプレジデントについては、以前の当欄でも04年中山記念優勝時、武豊騎手の素晴らしい騎乗ぶりについて記したことがある。だが、この札幌記念も凄かった。武豊騎手にしかできない勇気ある騎乗だった。

9頭立て。1番人気は同年の函館記念の覇者、5歳馬エアエミネム。3歳時に札幌記念を制しており、この時はダービー馬ジャングルポケットを3着に退けての完勝だった。単勝オッズは1.7倍。サクラプレジデントが2.4倍で続いた。
四位洋文騎手(現調教師)が押してヒマラヤンブルーが先頭に立つ。前述の函館記念2着がこの馬。外からするすると2番手に上がったのがエアエミネム。まるで競輪選手がラインを組むかのように、伊藤雄二厩舎(解散)の2頭が先頭と2番手を確保するのを見て、函館記念と同じ決着が繰り返されることを予感したファンは多かったはずだ。筆者もそうだった。
武豊騎手とサクラプレジデントは後方8番手から、2頭が馬群を引っ張る様子を見ていた。伊藤雄二厩舎の馬は知り尽くしている武豊騎手。このまま普通に競馬をしていては、エアエミネムがヒマラヤンブルーをあっさりと差してゴールを迎えることは火を見るより明らかだ。
武豊騎手が動いた。3コーナー手前。カメラワークの関係で映っていなかったが、サクラプレジデントはかなり早い段階でポジションを上げ始めていた。
4角では3番手の外。前2頭を射程に入れた。残り150メートルで先頭に立つエアエミネム。そこにピンクの勝負服が襲いかかった。残り50メートルでついに先頭。首差、サクラプレジデントが前に出た。
右手を上げた武豊騎手。GⅡでこの喜び方は珍しい。それだけ会心の騎乗だったのだ。
小島太師の興奮ぶりは凄かった。「あいつ(武豊騎手)にしかできない騎乗だよ、これは」。皐月賞こそ2着に食らいついたが、逆転を期したダービーでネオユニヴァースの返り討ちにあって7着。こんなはずではないという思いだった。悔いを残したくない。そんな思いで武豊騎手に託したが、見事に結果を出した。
会心のVには、ちゃんと下準備があった。前日土曜朝の調教。角馬場のサクラプレジデントの背中には武豊騎手の姿があった。初めてまたがり、繊細な面があることを早々と見抜いた。「どうもオンとオフしかないようだ」。馬から下りると厩舎の参謀役である小島良太調教助手と武豊騎手は長いこと話し込んだ。
レース前、武豊騎手はせかすことなく、ひたすらサクラプレジデントをなだめながら、ゆっくりと返し馬をした。発走前の輪乗り。武豊騎手は小島助手に「大丈夫、負けないよ」と告げた。
オンとオフしかないなら、微妙なギアチェンジは最初から求めず、勝負どころで一気に5速に入れればいい。文字で書くだけなら簡単だが、実際は困難な作業だろう。そのタイミングは早くても遅すぎてもいけない。スパートの距離が持つタイミングでゴーサインを出す必要がある。だが、武豊騎手はここぞのタイミングでギアを上げ、サクラプレジデントも見事に応えてみせた。
「ゴーサイン後の反応が素晴らしかった。しびれた。展開が向かないことはレース前から分かっていたが、世代トップクラスの力を信じていた」(武豊騎手)。前日に1度乗っただけで、気性も、スパートできる距離も全て把握してしまう。武豊騎手が天才であり続ける理由が分かった気がした。
「半マイルも脚が持続するんだから恐ろしい馬だ。休み明けの今回は苦しかった。勝ち負けは関係ないと自分に言い聞かせたが、それでも勝ってしまった。価値のある1勝だよ」。小島太師は武豊騎手、小島良太助手と固く握手をして、いつまでも感動に浸っていた。