天皇賞・秋。筆者が現役の記者でいるうちに、どうしても書き残しておかなければいけないレースがある。1998年、オフサイドトラップが優勝した一戦。言い換えれば、サイレンススズカが故障で天に召された一戦である。
その日は爽やかな、秋らしい日だったと記憶する。東京競馬場に到着し、3Rの新馬戦が終わったのを見計らって、筆者は競馬場の東側にある厩舎群へと足を運んだ。

橋田満厩舎の馬がいるゾーン。まずは馬房のゴーイングスズカに声をかけ、続いてサイレンススズカの様子を眺めた。栗毛の馬体がピカピカだったことを今でも覚えている。だいぶ昔の話になってしまったので記憶が定かではないが、加茂力(つとむ)厩務員は「今までで一番、いい出来じゃないかな」と話していたように思う。
橋田満厩舎のスタッフには当時、本当にお世話になった。競馬を教えてもらったと言っても過言ではない。
ひょんなことから仲良くなった児玉武大(たけひろ)助手(アドマイヤベガ、スズカマンボなどを担当)の元に通ううちに、「大仲(スタッフ控室)でゆっくりしていきな」「冷蔵庫にある缶コーヒー、いくらでも飲んでくれよ」と、優しく声をかけてもらうようになった。
同年代の腕利きスタッフたちと、時には真剣な馬の話、時には全くたわいもない話をした。その中に加茂厩務員もいた。ベテランゆえに積極的に話に加わるわけではないが、ニコニコと見守ってくれ、こちらから話を振れば誠実に答えてくれた。
そんな加茂厩務員の一世一代の大舞台がやってきた。第118回天皇賞・秋。だが、不思議と、筆者にも橋田厩舎のスタッフにも、緊張感というかピリピリした感じはなかった。「サイレンスなら普通に回って普通に勝ってくるだろう」。そんな思いだった。
だが、迎えた天皇賞当日。思ってもみない事態が起こった。
サイレンススズカ、故障。
1000メートル通過57秒4のハイペースで逃げた。この時点で後続とは8~10馬身ほどの差がついていた。誰も捕まえることができない圧巻の逃げ。今日もそのままゴールまで突き抜けるはずだった。
だが、大ケヤキの向こう。サイレンススズカが突然、前のめりになって失速していった。
筆者は関係者席で大一番を見ていた。「ああっ」「どうしたっ」。周囲から強く声が上がる。そこから先のレースは全く見ていない。何が勝ったか分からないまま、4コーナーだけを目で追った。双眼鏡がないのがもどかしい。ターフビジョンもレースを追っているのでサイレンススズカの様子は全く分からなかった。駆けだして、検量室前へと向かった。
検量室前は大混雑だった。勝ち馬オフサイドトラップを迎えるグループが、まずひとつ。関係者と報道陣でごった返している。そこから少し離れたところ。サイレンススズカを取材してきた記者グループが声をかけるでもなく自然と集まった。「どうなってた?」「分からない」。サイレンススズカの競走がもう見られないことは、この時点で全員が覚悟した。だが、最悪のシナリオが待っているとは、正直そこまで考えてはいなかった。続きは次回。






