新年あけましておめでとうございます。今年も当欄をよろしくお願いします。
昨年も競馬界にはさまざまなことが起きた。いくつかの出来事をピックアップして、考察し、学びとしたい。なお、当稿は昨年の有馬記念が行われる前に書いている。有馬記念が画期的な学びのあるレースになったら、また機会を改めて触れたい。
昨年行われたレースで筆者が最も衝撃を受けたのはジャパンカップだった。

フランス調教馬で同年の「キングジョージ」勝ち馬カランダガンと、秋の天皇賞馬マスカレードボールとの火の出るような直線での叩き合い。いったんはマスカレードボールが先頭に立ったように見えたが、最後はカランダガンがねじ伏せるように前に出た。
外国馬の優勝は05年アルカセット以来、20年ぶり。フランス調教馬による制覇は87年ルグロリュー以来、実に38年ぶり(2勝目)だった。
間違いなく、世界の競馬が新たな時代に入ったと認識させた一戦だった。
前述したようにカランダガンは今年のキングジョージを勝ち、さらにサンクルー大賞、英チャンピオンステークスも勝っている。欧州のトップホースであり、例年のジャパンカップ出走外国馬と比べても、東京の速い時計での決着に対応できそうなムードはあった。だが、遠きアウェイの舞台でここまで強さを発揮するとは正直、想像がつかなかった。
間違いなく世界一の馬。誰がどう見ても世界最強という馬は、馬場コンディションや決着タイムに関係なく、真っ先にゴールを駆け抜けるのだ。そのことを強く感じさせた。競馬の最も大事なこと、“競走”というものの最も根源的な意味を教えてもらった。
筆者はカランダガンの快走を見て「発想を変える時が来た」と思った。凱旋門賞についての考えである。
ご承知の通り、日本馬の悲願でありつつも、手が届いていない凱旋門賞。近年はこんな見解が増えてきたように思う。凱旋門賞が行われるパリロンシャンの競馬は、日本が志向する競馬とは全く異なるものである。だから目指す必要もなければ、敗戦を悔しがる必要もない…。
筆者は友人から「なぜ日本馬は凱旋門賞を勝てないのか」と聞かれるたびに、こう答えてきた。日本の競馬は鈴鹿や富士のような究極まで整備された美しいサーキットで戦っているようなもの。一方、パリロンシャンは砂利道、泥道などもある中でマシンのタフさを競うラリーのようなもの。走りの形態も違えば、“マシン(馬)”への要求も異なる。全く異質な競技であり、ある意味、勝てないのも仕方ないのだ、と。
だが、カランダガンを見て考えは変わった。圧倒的に強い馬は場を選ばない。どこでも強いのだ。そして、日本の競馬もそのような“問答無用の最強”を目指す時代に突入したのだと。
フランスで調教しているカランダガンに東京競馬場で2分20秒3のレコードで走られ、1着賞金と褒賞金の計約9億7000万円を持って行かれた。加えて“時計の速い東京でホームの日本馬にかなう馬など世界にいない”という常識というか、プライドのようなものも、ぺちゃんこにされた。ならば、逆襲する方法はひとつしかない。とやかく言わず、凱旋門賞を勝つことである。
まあ、筆者ごときが強調しなくても、すでに国内の一流ホースマンは、そのような最高クラスのステージを目指している。
矢作芳人調教師は、ブリーダーズカップクラシックを獲りたいと以前から公言し、昨年、フォーエバーヤングで制してみせた。まさに舞台を選ばず、世界のどこの競馬場でも最高のパフォーマンスを披露できる馬である。
つまり、フォーエバーヤングのような馬を次々と世界に送り出す。日本競馬が目指すべき方向は、ついにそういうレベルとなったように思うのだ。
あのジャパンカップ。カランダガンとマスカレードボールの激闘がフィニッシュを迎えた後、東京競馬場には大きな拍手が起こった。いいものを見た。世界最高の競馬を目撃した。そのことに対する感謝の拍手である。
そのように目が肥えた日本のファンを満足させ続けるためにはどうしたらいいか。強くなるしかないのである。強くなって、世界の舞台の常連となり、常に好勝負を繰り返して、ドキドキさせ続けるしかない。「シンザンを超えろ」「世界に追いつけ」を経て、ついに日本競馬の目標は「問答無用、圧倒的な世界一になれ」となった。
おとそ気分もあって全く勝手なことを申し述べたが、優秀な国内ホースマンの皆さんならそういうレベルにきっと到達すると期待している。新年もぜひ、最高の競馬を見せ続けてほしい。おっと、さまざまな出来事を考察するはずが結局、カランダガン1頭のことで終わってしまった。






