先日、「日本競馬はいかにして世界トップレベルの強豪となったのか」について執筆する機会があり、84年、カツラギエースがジャパンカップを制したビデオを久しぶりに見た。
凄かった。カツラギエースは14頭立ての10番人気だったが、これはフロックでも何でもない。堂々たる勝ちっぷりだった。
道中は2番手を15馬身は離しただろうかという大逃げ。直線を向いてすぐに後続に迫られ、普通はここでのみ込まれる。だが、カツラギエースは並ばせない。その間、西浦勝一騎手(調教師を経て引退)は追わずに我慢しているのである。

内からベッドタイムが迫った。だが我慢は続いた。残り200メートルを切る。ようやく西浦騎手のムチが入った。するとカツラギエースはジリジリと前に出た。見事にベッドタイム以下振り切り、第4回にして日本調教馬による初のジャパンカップ制覇を成し遂げた。衝撃は大きく、西浦騎手はその後「世界のニシウラ」と呼ばれるようになった。
こんなに強かったのか、と改めて感動。確か、テイエムオーシャンやカワカミプリンセスを管理していた頃、このジャパンカップについて話を聞いたことを思い出し、当時のノートを引っ張り出した。西浦師はこう語っていた。
「勝つなんてレース前、全く思っていなかった。だから、せめて2400メートル持たせる競馬をしようと。僕が考えたのは、相手のことを意識から消して、ひたすらカツラギエースのペースで走らせること。だから外国馬に並ばれても追わず、馬のペースを守ったんだ。結果として、それが勝因となった」
相手がいるから競馬なのに相手への意識を消す。勝ちたいはずなのに、勝ちたい気持ちを消したら、勝利が転がり込んでくる。矛盾だらけだが、矛盾だらけの道を進まなければ勝てない。競馬の不思議を学べた、印象に残る取材だった。
西浦師はこんなことも話してくれた。競馬をいかにして盛り上げていくか、という話題の中での言葉だ。
「人間ドラマをつくっていくことが大事なんじゃないかな。だから僕はテイエムオーシャン、カワカミプリンセスとも同じ騎手(本田優・現調教師)を乗せることにこだわったんだ」
確かに本田騎手を乗せ続けたことはドラマだった。テイエムオーシャンで桜花賞、秋華賞を制し、カワカミプリンセスはオークス、秋華賞を制覇。異なる馬で牝馬3冠を全て手にした。本田さんは決して派手な騎手ではなかったが、その言葉には常に味わいがあり、話を聞いて、いつも楽しかった。そんなシーンも全て“演出・西浦勝一師”だったということだ。
ノートを読むと、西浦師はこんなことも話している。「若手を育てていくことも重要だよ。そうしないと競馬が先細ってしまう。自分も若手騎手時代は何度もチャンスをもらった。機会はどんどん与えていかなきゃいけない」
改めて調べると、若き西浦騎手は土門健司厩舎に入り、厩舎所属馬にまんべんなく騎乗していた。古い「優駿」(96年4月号)を当たったところ、「(私が)自分の厩舎の馬に乗れないのは、よほどのことがない限りありませんでしたから」(杉本清の競馬談義)と述懐している。西浦厩舎がさまざまな若手騎手を起用したのは、こういう理由だったのだ。
短期免許を取得した外国人騎手でスパッと勝つのも悪くない。だが、若手騎手をサークルをあげて鍛え、育てていくのも、日本の競馬がさらに強くなっていく上で絶対に必要なことだろう。
ちなみに本田師も和田陽希、松本大輝、高杉吏麒といった若手騎手を積極的に起用している。歴史は受け継がれているのである。






