今週は弥生賞ディープインパクト記念。以前はシンプルに「弥生賞」だったが、「走っているというより飛んでいる」と武豊騎手が評した名馬の名を20年から冠した。

実はレース名改称の情報を紙面で取り上げたのは弊紙が最初である。印刷される前段階の最終紙面(ゲラ刷り)に躍る「弥生賞ディープインパクト記念誕生」の大見出しに興奮。「平成・令和では初めてとなる馬名を冠したレース名(サラブレッド競走)」、「現役時の成績だけでなく種牡馬としての活躍も称えての改称」といった文面に、非常に心が躍ったことを覚えている。
ディープインパクトが引退した直後、担当厩務員の市川明彦さん、担当獣医師の牛屋重人さんと滋賀県内で慰労会を行った。
それはもう、ディープがどれだけ凄い馬であったかを全員が数時間にわたって語りまくるという、大興奮の会であったわけだが、市川氏、牛屋氏から聞いたエピソードの中で出色だったのが、この弥生賞についてだ。
新馬戦、若駒ステークスを勝ち、キャリア3戦目に選んだのがこの弥生賞。筆者は初の長距離輸送に若干の不安を抱いた。
さらには相手関係。2歳王者マイネルレコルト、京成杯を快勝したアドマイヤジャパンと、レベルは一気に上がった。
それでも2人によれば、弥生賞はクラシックを見据えての余裕しゃくしゃくの調整だったというのだ。
「あの時の仕上げは七分、いや六分くらいだったかな」「それでも不安は全くなかったね」「そりゃ、ディープだからね」
空前絶後の大名馬であったことを日本の競馬ファン全員が知る今なら“当然ディープインパクトなら六分程度の仕上げでも弥生賞を勝つでしょ”と言うだろう。

だが、しつこく言っておく(苦笑)。当時は重賞にも出ていない、一介の2勝馬だったのだ。2歳チャンプと初めて手合わせしたのだ。
それでも重要関係者2人は完調手前でもディープインパクトなら楽勝と思っていた。長距離輸送への不安など皆無だった。プロの凄みを見た思いだった。
改めて05年弥生賞のレース映像を見た。こんなに強かったのか、というのが正直な思いだ。
4コーナー手前で外から上がっていく時の手応えの良さ。直線を向き、手前を替えていないのにグングンとスピードを上げてくる異能ぶり。高く上がる前脚。四肢はダイナミックに動き、滞空時間が長いことが映像でも分かる。
レース後、出張馬房で西内荘装蹄師と話すことができた。西内氏はこう言って、ディープの強さを解説した。
「この馬は名馬になる馬。ただ、これまでの名馬とは異なる。名馬といえば蹄鉄の減りが早いもの。芝を強烈に蹴るから。だが、ディープインパクトは全然減らない。それは着地時間が短いということ。接地することはスピードのロスになるが、それが極端に少ない。つまり、空を飛ぶような感覚でコースを駆け抜けているんです」
これが「空を飛ぶ」とディープインパクトを形容した最初ではなかったか。とてつもない弥生賞だったと思うし、このレースに「ディープインパクト記念」と冠したJRAの気持ちは本当によく分かる。






