栗東トレセンから函館競馬場までは馬運車で北陸道~磐越道~東北道~青森港と走り、青森~函館間はフェリーで北海道に渡る。約20時間前後の長旅だ。
到着してからは馬達の体調チェックや馬関係の荷物の整理にかなりの時間を要する。それが終わると、これからしばらく暮らす宿舎の部屋の荷物整理をする。基本的には厩務員や持ち乗り助手は厩舎の横の宿舎に入るのだが、空きに余裕があれば総合寮である「おしま寮」に入る事もできる。僕は函館ではこの寮に入ることが多く、ここで最大2ヶ月半ほど暮らす。
部屋は4畳半程度だがテレビ、エアコン、冷蔵庫は完備されていて共同の洗濯乾燥機室やキッチンも各フロアにある。24時間稼働(掃除時間以外)の共同浴場もあるし寮母さん達の心遣いも行き届いていて快適この上ないところだ。
この競馬場は南側に函館有数の観光地「湯の川温泉」が隣接していて、競馬場内に温泉が引いてある。そのおかげで厩舎構内の人間の共同浴場の湯船は源泉掛け流しで、毎日天然温泉の恩恵にあずかる事ができる。(おしま寮は温泉ではない)
その他にも馬の温泉もあり夏の開場期間中以外でも申し込めば馬の温泉治療ができる。JRAの競走馬温泉リハビリ施設はここ函館と福島県にあるいわき温泉の常盤支所の2つのみだ。
函館の街はあちらこちらに違う泉質の温泉が湧いていて、普通の銭湯でも普通に温泉が引かれている。そんなお風呂巡りも僕達の楽しみの一つになっている。
僕たちが出入りする通用門にも「湯浜門」や「温泉門」など温泉地ならではの名前が付いている。
温泉門と東門は徒歩か二輪車のみの通行門で、温泉門はおしま寮入寮者や関西厩舎エリアの人、東門は関東厩舎エリアの人がよく出入りする。
「最近の若者は出張先で遊ばなくなった」と言われてかなりの年月が経つが、昭和から平成の真ん中くらいまでは北海道や小倉の夏出張といえば、仕事半分遊び半分という感じでほとんどの人が夜遊びをしていた記憶がある。
朝、調教の時間になり馬達が一斉に運動をし始める。そんな時間帯にこの小さな通用門から申し訳なさそうに人が入ってきて、馬が運動してる横をコソコソと苦笑いしながらすり抜けていく姿を見るのは日常茶飯事だった。飲み過ぎたのか知らないが何か理由があって違う場所で寝てしまったりして仕事時間に遅れてきた人達だ。
今はほぼ見られない光景……寂しくもあり、今の若者達が頼もしくもある。
つづく