筆者が年に1度、必ず訪れる場所がある。目黒区下目黒5丁目近辺。最寄りのバス停名を言えば分かりやすいだろう。「元競馬場前」である。
そう、かつて目黒競馬場があったところだ。目黒競馬場は1907年(明40)に開場し、府中に新競馬場が誕生する1933年(昭8)まで使われた。1932年4月24日、第1回東京優駿大競走(日本ダービー)が行われたことでも知られる。
ちなみに現在、ダービー当日に目黒記念が行われるのは、かつてダービーが目黒で行われていた、ということを改めて認識してもらう狙いがある。古い競馬ファンにとっては常識だろうが、若いファンに向けて、ちょっと伝えてみた。
バス停のそばには馬の像が鎮座する。大種牡馬「トウルヌソル」だ。前述の第1回日本ダービー優勝馬ワカタカの父。のみならず、ワカタカを含む6頭のダービー馬を輩出した。
像の完成は1983年(昭58)とのこと。像を造るにあたって候補馬はいくつか挙がったと思うのだが、ここでワカタカでなくトウルヌソルにしたのは、なぜなのか、と当地を訪れるたびに考える。ワカタカが種牡馬として成功しなかったからなのか。オーナー(の子孫)の了解が得られなかったのか。いつか目黒区に聞いてみようと思うのだが、いまだ実行していない。
これまた古いファンの中にはご存じの方が多いだろうが、「元競馬場前」バス停のある目黒通りから、住宅地の中へ入っていくと、絶妙なカーブを描く路地がある。ここが競馬場であったことを思い出させる素晴らしい円弧だ。ここを、不審者に思われないよう警戒しながら歩き、第1回東京優駿に思いをはせる。うーん、書いていてヤバさを感じる。
われに返って目黒通りに戻る。そして「元競馬場前」のバス停を改めて眺める。いつ変更されても文句は言えないバス停名なのだが、変更される気配はない。東急電鉄は駅名にこだわる会社なので、恐らく系列の東急バスも「このバス停名は変えない方がいい」というセンスを持っているのだろう。そう信じたい。
この「旧目黒競馬場詣」を始めて、すでに25年は経過したと思うが、目黒通りが年々、おしゃれになっていると感じる。古い家具を扱う店がいい雰囲気を出す。その横に古くからありそうな電気屋、うなぎ屋などがあり、いい感じに融合している。ちなみに、このうなぎ屋がある交差点の名は、その名もずばり「元競馬場」である。この交差点名は未来永劫、変わらないだろう。素晴らしい。
そんなことをつらつら考えながら、目黒駅行き(運がいいと東京駅南口行きが来る)のバスに乗って家路につく。
円弧の道もバス停も、トウルヌソル像も、もう見慣れたはずなのに、なぜか1年に1度は行きたくなる「元競馬場」。ひょっとしたらワカタカに呼ばれているのか。まあ、それも悪くない。