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2025年03月12日 (水)

 東京スポーツの渡辺薫記者が1月31日、急逝した。76歳だった。「馬匠」の愛称がよく似合った記者歴50年超の大ベテラン。まさに同紙の顔だった。

 筆者が競馬を始めた約40年前、競馬前日に購入するのは東スポだった。そして、すでにその頃には渡辺さんは本紙予想として切れ味鋭い印を打っていた。

渡辺薫記者が見続けた美浦トレセン、スタンドからの風景©スポーツニッポン新聞社

 当時の東スポが手元に残っていないのが残念だが、たとえば東京の土曜メイン。渡辺さんが5~9番人気あたりの伏兵に◎を打ち、他の記者がノーマークにした馬(1人か2人が△を打っているイメージ)。こういう馬はことごとく2着以内に突っ込んできた。渡辺さんの“ポツン◎”で当時、だいぶ財布が潤った。

 念願の競馬記者となり、数年が経過してベテランの渡辺さんとも緊張せずに話せるようになった頃、「渡辺さんの印に何度も懐を助けられました」と告白したら、「そんな鋭い印、オレ打ったことないぞ」と笑って謙遜されていた。自慢したり威張ることがない。ライバル社ではあるが、自社の大先輩のように勝手に思っていた。

 競馬担当になって、しばらくした頃、筆者は新たな取り組みにチャレンジした。追い切り(特に平地コース)での“タイム採時”である。

 日刊紙の記者は追い切りといえば原稿執筆がメインであるため、対象となる馬の動きを目を皿のようにして見る必要がある。ストップウオッチを手にしてラップを計測する余裕はない。

 ただ、追い切り後にコメントを聞く際、騎乗者や調教師から「時計はどのくらいだった?」と聞かれるケースが増えてきた。そこで、専門紙や東スポ時計班のように次から次へと採時はできなくても、狙った馬のタイムは正確に採れるようになろうと考えた。

 左手にストップウオッチ、右手にボールペン。狙った馬を双眼鏡で確認し、ラップごとにストップウオッチを押す。通ったコース、内からかわしたか外なのか、手前をどこで替えたか、どこで前に出たか、最後は何馬身先着したか、などを必死にメモした。

 もちろん、最初はスピードに全くついていけなかった。ストップウオッチの押し忘れは日常茶飯事。3頭併せの最先着なのに集中力不足で、どこで先頭に立ったか分からないという情けないこともあった。

 それでも懲りずに続けていくと、だんだん順応できるようになってくる。1年もすると、ほぼ失敗はなくなった。スムーズにタイムを計測し、関係者の「今のタイム、いくつだった?」に即答できるようになった。

 その頃だ。いつものようにウッドチップコースで重賞出走馬の追い切りのタイムを採っていると、その馬のゴール後、渡辺さんに声をかけられた。「鈴木君、今の○○の3Fはいくつだった?」「○秒○です」「ありがとう」

 何気ない会話だったが、グッと体の中からうれしさがこみ上げた。夕刊紙時計班のドンである渡辺さんが認めてくれたのかな?と思った。いや、渡辺さんに採り漏らしはほぼないので、必死の形相でストップウオッチのボタンを押す筆者に「オレは見ているよ」という気持ちで声をかけてくれたのかもしれない。

 渡辺さんの「時計いくつだった?」がその後、筆者にとってどれだけ自信になったか。3年ほど前、府中のかっぽうで偶然お会いした時も「君がいないと現場が寂しくて仕方ないぞ」と言ってもらえた。涙が出そうだった。

 渡辺さんの言葉に勇気づけられた人は筆者だけでなく、他にもいっぱいいたに違いない。渡辺さんは競馬の達人だったが、人生の達人でもあったのだろう。渡辺さん、本当にありがとうございました。心から感謝しています。

鈴木正

1969年(昭44)生まれ、東京都出身。93年スポニチ入社。96年から中央競馬担当。テイエムオペラオー、ディープインパクトなどの番記者を務める。BSイレブン競馬中継解説者。

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