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 前回の佐々木晶三調教師に続き、定年引退する調教師を取り上げたい。西園正都調教師。GⅠを4勝(01年阪神ジュベナイルフィリーズ=タムロチェリー、10年マイルチャンピオンシップ=エーシンフォワード、12年マイルチャンピオンシップ=サダムパテック、18年ヴィクトリアマイル=ジュールポレール)した名調教師だが、最もレース前に緊張した一戦として、管理馬フィールドルージュが勝った06年2月26日の阪神最終12R(1000万下=現2勝クラス)を挙げたことがある。

12年マイルCSを勝ち、ガッツポーズの西園正都師(左)と武豊騎手©スポーツニッポン新聞社

 実はこの一戦、松永幹夫騎手(現調教師)の現役最後の騎乗だった。しかも、通算1400勝が懸かっており、まさに手に汗を握るレースとなった。

 結果は完勝。5番手の外につけると、直線では1頭だけ次元の違う脚。残り200メートルで先頭に立って2着ビッググラスを3馬身半突き放し、松永騎手のラスト騎乗、1400勝を無事アシストした。

 翌々日の2月28日、栗東トレセンで当の松永騎手より「おめでとう」の賛辞を浴びていたのが何を隠そう西園正都師だったのだ。ナイスアシスト、ということである。

 「いやあ、重賞並みに緊張したよ」と身振り手振りを交えて語った指揮官。「力関係から言って大丈夫でしょう?単勝1.5倍ですよ」と筆者が返すと、苦笑いしながらこう言った。「それが分からないから競馬なんだよ。本当にうまくいってよかったよ」

 レース後は騎手仲間から胴上げされた松永騎手。厩舎なじみの勝負服で宙を舞ったが、西園正都師もその輪に加わりたい気持ちだったかもしれない。

 ちなみに松永騎手は、その前のメイン・阪急杯を11番人気ブルーショットガンで勝つという神業を披露し、1400勝リーチにこぎ着けたことを加えておきたい。ファン、関係者がラストデーの重賞制覇に歓喜する中、1人、西園正都師だけが一気に緊張感が高まったことは容易に想像がついた。

 厩舎にGⅠ初制覇をもたらしたタムロチェリーは抽せん馬だった。抽せん馬制度とは、プロ野球のドラフト会議同様のウェーバー方式で、希望する馬主に販売されるJRAの育成馬のこと(04年廃止)。

 抽せん馬は一般的に値段も安く、一枚格下とみられるケースが多かった。しかもタムロチェリーは約50頭いたドラフトの31位。わずか687万円での指名だった。

 そんな“ドラフト下位指名”の馬に当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったオリビエ・ペリエを乗せたのは師の慧眼だった。

 「ファンタジーステークスが8番人気で10着。納得できる答えが欲しくて、ファンタジーステークス直後に依頼したんだ。(ジャパンカップを勝った)ジャングルポケットのように乗ってくれと言ったら“分かった、見ておけ”と。まさか勝つとは思わなかった」

 この勝利でペリエはマイルチャンピオンシップ(ゼンノエルシド)-ジャパンカップ(ジャングルポケット)に続く、3週連続GⅠ制覇を達成した。

 「みんなはペリエが凄いと言っていたけど、馬のことも褒めてほしかったな」。師は冗談交じりにそう言った。いや、もちろん馬は凄い。そして指揮官はもっと凄いと思った。

 格下とみられがちな抽せん馬。だが、固定観念にしばられることなくタムロチェリーの素質を見抜き、名手にしっかりと騎乗を依頼した。明らかに師のファインプレーだった。

 いつも笑顔で、報道陣の度重なる取材にも嫌な顔を見せずに対応し続けた西園正都師。ここ一番で見せた勝負強さも忘れるわけにはいかない。

鈴木正 (Tadashi Suzuki)

1969年(昭44)生まれ、東京都出身。93年スポニチ入社。96年から中央競馬担当。テイエムオペラオー、ディープインパクトなどの番記者を務める。BSイレブン競馬中継解説者。

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