今週は天皇賞・秋。圧勝あり、接戦ありと過去の名勝負を挙げれば切りがないが、競馬記者になりたての頃に目撃して衝撃を受けた一戦を紹介したい。99年、スペシャルウィークが勝った天皇賞・秋である。
前年のダービーを勝ち、武豊に悲願のダービー制覇をもたらしたスペシャルウィーク。4歳となり、天皇賞・春を快勝。だが、続く宝塚記念でグラスワンダー相手に3馬身突き放されて2着に敗れ、にわかに暗雲が立ちこめる。
秋初戦の京都大賞典。59キロを背負っていたとはいえ、先団から見せ場なく下がって7着完敗。もう終わった、とは言わないが、「長くトップを張ってきたし、そろそろ下降線なのかも」という空気が漂い始めた。
天皇賞・秋の2週前だったか。栗東で白井寿昭調教師と話した。「天皇賞?ひとつでも上の着順に来てほしいな。勝ちはせんやろうけど」。えっ、と聞いたこちらが絶句した。
そして、臼田浩義オーナーから、引退させてはどうかという打診があったことを明かした。だが、そこで師は思い直した。引退するのは簡単だが、これだけの馬だ。もう一度やってみよう。
立て直せる可能性はあると指揮官は感じていた。京都大賞典は太め残り(486キロ)だった。これを絞り込んだらスペシャルウィークの走りが戻ってくるかもしれない。
そこから、白井寿昭調教師は鬼となった。追い切りでは目いっぱいに追った。最終追いでは、はるか格下に遅れ、武豊騎手は「時計が詰まってこない。もっと走っていいのに」と表情を曇らせた。白井寿昭調教師も「まだ良くなってこない。底力に期待したい」とコメントした。
陣営は諦めなかった。東京競馬場へと輸送。雨でもないのに鞍の下にカッパをつけた。少しでも汗をかかせたい。体重を減らしたい。その一心だった。
迎えたレース当日。馬体重は京都大賞典から16キロ減の470キロ。目標通りだった。何より、装鞍した時にスペシャルウィークの目がキリッとしたことを指揮官は感じ取った。「もしかしたら…いけるかもしれない」
第120回天皇賞・秋。名勝負だった。後方14番手で、ためられるだけ脚をためた。大外からセイウンスカイとともに上がった。残り200m。一瞬、モタつきかける。スタンドでは白井寿昭調教師が声を張り上げた。「それっ!」。指揮官の声が聞こえたのか、スペシャルウィークが、また加速した。セイウンスカイを振り切り、ステイゴールドを捉えた。「何とスペシャルウィーク!」。ファンの気持ちを代弁した実況がスタンドにこだました。
「ダービーの時もこんなに声は出なかった。やってくれたよ、馬もユタカも」。すっかり枯れた声で白井寿昭調教師が喜びを語った。
京都大賞典7着からの大逆転劇は、こうして成った。丹念に積み重ねた努力の結果、装鞍した瞬間、スペシャルウィークの目が輝き、ついにスイッチが入る…。レース後しばらくして、栗東で白井寿昭調教師から復活までの経過を聞いた時、ゾクゾクして鳥肌が立ったことを今でも覚えている。