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2025年09月19日 (金)

 今週はダートGⅠのチャンピオンズC。前身はジャパンCダートだったわけだが、このレースが来るたびに思い出すのがディープインパクトのことである。ジャパンCダートというレースがなければ、ディープインパクトの活躍はなかった。はて、ディープインパクトは生涯、芝のレースしか走らなかったはずだが、という方。こういう理由である。

 05年春。ディープインパクトは4戦無敗で皐月賞を制し、「3冠確実」「史上最強馬か」との声が上がっていた。しかし…。ディープインパクトの装蹄を担当する西内荘氏の心は浮かなかった。両後肢の蹄がボロボロになっていたからだ。

 「ディープのツメは競走馬としては極端に薄い。皮下脂肪が薄いためで優秀なアスリートの宿命ではあるのですが…」。ディープインパクトの番記者だった筆者の取材に西内氏はそう答えた。そして…こう明かした。「ダービーでは日本で僕しか手にしていない技術を使おうと思います。GⅠ馬に使うのは初めてです」。驚く筆者に西内氏は自信ありげな表情を見せた。

ダービーを制し、観衆の声に応える武豊騎手。引くのは市川明彦厩務員©スポーツニッポン新聞社

 話は03年11月へとさかのぼる。東京競馬場でのジャパンCダート当日。レース前、米国から参戦したフリートストリートダンサーの脚元を見た西内氏は、明らかにツメに釘を打っていないことに気付いた。「接着装蹄だ」。西内氏の目をまさに釘付けにした同馬は11番人気にもかかわらず、4角2番手から抜け出して勝ってしまった。

 実はその前にも米国で接着装蹄を目にしていた西内氏。実際に勝つところを日本国内で目の当たりにして、衝撃が増幅した。

 “次世代の蹄鉄装着法だ”と確信した西内氏。この技術を自分のものとするべく、そこから積極的に米国へと足を運び、研究を重ねた。年月が経過し、ついに磨き上げた技術を本気で試す時が来た。それがディープインパクトのダービーだった。

 池江泰郎調教師の了解も取り、両後肢を接着装蹄にした。パドックで興奮気味だったディープインパクト。大暴れして後肢で壁でも蹴ろうものならと、こちらは気が気でなかったが、西内装蹄師は自信ありげな様子だった。

ディープインパクトと西内荘装蹄師(右)。左は市川明彦厩務員©スポーツニッポン新聞社

 筆者もスクープ合戦の中に身を置くスポーツ紙記者だ。ディープインパクトが接着装蹄でダービーに臨むことを記事にしたいと西内氏に相談したが、諸事情を考慮して見送ることとした。「その代わり、ダービーを優勝したら、ぜひ書いてください。スポニチさんだけで」。西内氏から直々に接着装蹄の仕組みを教わり、絵心もないのに分かりやすくなるよう図を描いて準備。5馬身の差をつけて圧勝したダービーの翌日、それらは新聞でしっかりと日の目を見た。

 ただ、レース直後、ライバル紙の番記者たちに囲まれた西内氏が「実はこの馬の蹄鉄は変わっていて…」と言い出した時は焦った。各記者の背後に回り、西内氏にしか見えない位置から、人差し指を唇の前に立てて「シーッ」というポーズを取った。「えっと、まあ、そういうことで」と、西内氏がうまくごまかして取材は突如終了。番記者たちは、けげんな顔をしていた。

 「もう、荘さん、困りますよ」「あはは、ごめんごめん」。西内氏もプレッシャーから解放され、うれしかったのだろう。ディープインパクトのデビューから20年が経過した今なら、もういいだろうと思い、裏話をここに記しておく。

 ということで、西内荘装蹄師との出会いがなければ、ディープインパクトは“ツメ不安”などで長期休養を強いられていた可能性があったと思われる。日本競馬の歴史を変えるようなスーパーホースでなく、“普通の強豪”で終わっていたのではないか。西内荘装蹄師が担当であったことにあらためて感謝したい。

鈴木正 (Tadashi Suzuki)

1969年(昭44)生まれ、東京都出身。93年スポニチ入社。96年から中央競馬担当。テイエムオペラオー、ディープインパクトなどの番記者を務める。BSイレブン競馬中継解説者。

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