毎日王冠。筆者が愛してやまないレースのひとつである。年間のレースで一番好きかもしれない。それもこれも、89年の毎日王冠に完璧に心を揺さぶられたからだ。勝ち馬、オグリキャップ。問答無用の名馬である。
レース前のドキドキ、ワクワク感は競馬ファンにとってのだいご味だが、筆者の競馬歴の中で、この一戦の前が一番、ワクワクしたかもしれない。「レースが始まるのが惜しい、ずっとワクワクしていたい」。そう思っていた。

レースはわずか8頭立て。だが、メンバーが非常に濃かった。
まずは1番人気オグリキャップ。笠松から移籍して重賞6連勝の離れ業。天皇賞・秋はタマモクロス、ジャパンカップは外国馬ペイザバトラーとタマモクロスの前に敗れたが、有馬記念でついにタマモクロスに先着して日本一の座についた。
4歳春は全休し、秋初戦のオールカマーを快勝。コンディションを上げて、ここに臨んでいた。鞍上はオールカマーと同様、南井克巳騎手。単勝は1.4倍と圧倒的だった。
そしてイナリワン。中央入りして2戦は鳴りを潜めたが、3戦目の89年天皇賞・春を武豊騎手の手綱で制して一躍、スターダムに乗った。続く宝塚記念も制して地力を証明。秋初戦はここ、毎日王冠。武豊騎手は同日に開催される京都大賞典でスーパークリークに乗るため、柴田政人騎手にスイッチした。3番人気で単勝は9倍。
2番人気はメジロアルダンだった。ダービーではサクラチヨノオーに首差敗れ、メジロの悲願を果たすことはできず。それでも4歳を迎えてメイS、高松宮杯(当時GⅡ、2000メートル)を連勝。単勝2.9倍だから期待値は相当高かった。
メジロが誇る良血で、いかにも貴公子といった雰囲気。筆者が通ったウインズ後楽園での人気は、それはそれは凄まじいものがあった。余談だが、トウショウマリオもウインズ後楽園の人気者だった。奥平真治厩舎の良血馬は、なぜか水道橋のオジサンたちに愛された。
伏兵も強豪ぞろいだった。4歳馬グランドキャニオンは3歳から4歳にかけて4連勝。函館記念2着からここに備えていた。ウインドミルは大井の東京ダービー馬。4歳秋を迎え、JRAへと転入した。同じく大井出身のイナリワンが大ブレークしたこともあり、不気味な存在だった。
スタート。まずは予想通り、レジェンドテイオーが先手を取った。ウインドミルが続く。メジロアルダンが3番手。オグリキャップは6番手。首をスッと前に出した独特のフォームが美しい。直後にイナリワン。やや口を割っている。
レジェンドテイオーのリードが詰まって直線。ほぼ横一線の状態となった。メジロアルダン・岡部騎手の手応えが素晴らしい。馬なりのまま、追い出しのタイミングを計っている。
外からはオグリキャップがジリジリと詰めてきた。4角での動きがひと息だったイナリワンも迫ってきた。道中は折り合いひと息だったのに何というスタミナだ。
残り200メートルでウインドミル先頭。満を持して岡部・メジロアルダンが追い出す。だが、外のイナリワン、オグリキャップの勢いがいい。ウインドミルを含めた4頭の追い比べから残り100、イナリワンがついに先頭。だが外からオグリキャップ。ゴールの地点だけオグリキャップが鼻差、前に出て決着した。イナリワンは2着。3着メジロアルダン、4着ウインドミルだった。
「ふうー」。ウインズのフロア全体から、ため息とも深呼吸ともつかない声が漏れた。面白い、すごく面白いと感じた。目の前(モニター越しだけどね)で起こった事象に対し、フロア全員で思いを共有する。並んでゴールした2頭は強いなあ。ところでアルダンはどうした?そんなことをフロア全員が思っているという現実が、とても面白く思えた。
鼻差で1着をつかんだオグリキャップ・南井騎手は汗びっしょりでこう語った。「相手も一流。楽には勝てないね。ホンマ、ゴール前は凄かったわ」。オグリキャップの驚異の伸びに驚きを隠さなかった。
2着イナリワンの柴田政騎手は「突き抜けるかと思った。それほどの手応えだったのに。オグリキャップは凄い馬だよ」。素直に勝ち馬を称えてみせた。
帰りの丸ノ内線。脳裏に浮かぶのは4頭の激しい叩き合いの残像だった。8頭立てでも、いや、8頭の競馬だったからこそ、レースが分かりやすく、状況を把握しやすかったのかもしれない。それが感動を増幅させたように思う。
同じことを思ったファンは多いらしく、この一戦は89年のベストマッチと言われた。みんなはどこでこの一戦を見て、どんな思いを抱いたのだろう。1人1人に聞いてみたい。え?生まれていなかった?それは失礼しました~。