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2026年01月12日 (月)

 今週はマイルチャンピオンシップ。調教師としての最多勝は5勝の藤沢和雄元調教師だ。93年シンコウラブリイに始まり、97・98年タイキシャトル、20・21年グランアレグリア。マル外あり、海外GⅠを制した名馬あり、GⅠ6勝を挙げたディープインパクト産駒の超名牝ありと、時代を映し出す馬が制しているのが面白い。

 藤沢さんのことは当欄でも何度か記してきたが、現場記者時代、最も思い出に残るシーンを今回、書きたい。あれは2010年あたりのことだった。

 藤沢さんはスポーツ紙の記者を定期的に集めて食事会を開いていた。通称「藤沢会」。弊紙からはその年、筆者が参加した。

17年ダービーを制し、口取りに臨む藤沢和雄元調教師(左から2人目)。左は殊勲のルメール騎手©スポーツニッポン新聞社

 美浦近郊のステーキハウス。宴もたけなわのところで他紙のベテラン記者が大声でこんなことを話し始めた。

 「テキ(調教師)よお。オレもテキとの付き合いは長いからテキが馬を大事にすることは知っているよ。決して無理はさせない。3歳春なんてまだ成長期だ。古馬になるまで待つことが結局は馬の幸せになる」

 藤沢さんはニコニコしながら聞いていた。

 「でもよお、それでもオレはテキがダービーを勝つところを見たいんだよ。テキがダービーを目指して馬をつくらないことは知っている。無理しないからシンボリクリスエスみたいに古馬になって大活躍する。でもさ、それでも、オレはダービートレーナーになって表彰台に立つテキが見たいんだ」

 そうだそうだ、と周囲から声が上がる。下戸の筆者を除いて全員が飲んだワインの勢いも手伝い、「オレも同じ思いです」「先生、お願いします」。筆者も同調しつつ、シラフであったためか「熱いシーンだなあ。まるでドラマみたいだ」などと思いながら、その情景を眺めていた。

 藤沢さんは、しばらく何も言わなかったが、少し時間を空けてこう言った。「よし、みんながそう言うなら頑張ってみよう。オレも無限に調教師をやれるわけではないからな」

 記者たちの表情がパッと明るくなった。「おお、それでこそオレたちのテキだ。ダービーを勝ったらテキを胴上げだ」「そうだそうだ、胴上げだ」「そんなこと言って、胴上げでオレを落として日頃のうらみを晴らすつもりだろう」「わははは」

 時は流れて2017年。開業から30年、延べ19頭目の挑戦。ついに藤沢和雄調教師はレイデオロでダービーを獲るのである。

 記者たちがけしかけたからダービーを獲ったとは全く思わない。そんな思い上がりは失礼であり得ない。冬場も芝のコンディションが良くなり、期待の2歳、3歳馬をちゅうちょせずレースに送り出せるようになった。牧場の技術が飛躍的に向上し、早期デビューが可能になった。などの理由で、馬を大事にすることが第一の藤沢厩舎でも、ある程度の負荷をかけてダービーに馬を送り出せることが可能になった。その結果としての頂点だと思う。時代が藤沢厩舎に追いついたのだ。

 レイデオロはダービー制覇で燃え尽きることなく、翌年の天皇賞・秋も制してみせた。藤沢哲学と矛盾することなく、ダービーを獲ったということだ。

 筆者はレイデオロが制した時、すでに現場を離れ、社内で記事を取りまとめる職についていた。だから、ダービー当日の検量室前で本当に胴上げが行われたどうかは知らない。

 でも、いいのである。あの時、ステーキハウスにいた記者全員が心の中で師を胴上げしたであろうし、藤沢さんの最高の笑顔を見ることができたのだから。

鈴木正 (Tadashi Suzuki)

1969年(昭44)生まれ、東京都出身。93年スポニチ入社。96年から中央競馬担当。テイエムオペラオー、ディープインパクトなどの番記者を務める。BSイレブン競馬中継解説者。

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