今週は秋華賞。3冠牝馬が誕生するか、という毎年、楽しみな一戦だ。今年は3冠にチャレンジする馬はいないが、メンバー的にはハイレベルで注目すべき一戦であることに変わりはない。
3冠牝馬は過去7頭いる。筆者にとって思い出深い、10年の3冠牝馬アパパネを取り上げたい。86年メジロラモーヌ、03年スティルインラブに続く、3頭目の牝馬3冠達成だった。
その10年秋華賞。アパパネは7枠15番から素晴らしいスタートを決めた。しかし、馬のリズムに従って道中は12番手付近へ。4角手前で大外からグッと上昇。スムーズに手前を替えると、あっという間に先団をのみ込んだ。
残り150メートルで、もう先頭。アニメイトバイオがいい勢いで迫ったが、アパパネ・蛯名正義騎手(引退)の手応えには余裕があった。4分の3馬身差だが、着差以上の完勝で3冠を手にした。

「すんなりと馬の後ろに入れて、折り合いはスムーズだった。馬の力を信じていたし心配はなかった。自分の仕事をするだけだった」(蛯名騎手)
自分の仕事とはアパパネが力を出し切れるよう誘導することだが、これが難しい。蛯名騎手は好スタートを切って、先団に居続けることも可能だったが、勇気を持って馬のリズムに任せた。さすがの判断だった。
2歳時の阪神ジュベナイルフィリーズも含めた2歳&3歳・牝馬GⅠ完全制覇は史上初の快挙。ただ、桜花賞トライアルのチューリップ賞は2着。秋華賞直前のローズSも4着に敗れていた。“本番”に照準を合わせて走れるタイプだった。
「トライアルで100に合わせるわけにもいかないからね」(蛯名騎手)。「ローズステークスを走って、いい意味でガス抜きができていましたよ」(金子真人オーナー)
前哨戦はあくまで前哨戦。そう割り切れる度量が陣営にはあった。厩舎サイドにもアパパネの特徴に従った仕上げを施せるだけの実力もあった。アパパネだけでなく、関係するホースマン全員がハイレベルなプロフェッショナル集団だった。
母ソルティビッドは金子オーナーにとって思い入れの深い1頭だ。米国フロリダのセールに出場したところ、オーナーに見初められて落札。日本で競走馬となった。「きれいな馬だなと思った。何も知らなかったけど、唐突に私が手を挙げた。いつもは誰かに任せるけど、この馬だけは私が自分から手を挙げた。何か運命的なものを感じます」(金子オーナー)
直感で競り落とした牝馬は、3冠馬となる娘を生み、その娘はさらにGⅠ馬(アカイトリノムスメ=21年秋華賞)を生んだ。金子氏の馬運の強さ、馬を見る目には本当に驚かされる。
国枝栄師にとっても、キャリアの重要なポイントとなる血統だ。ソルティビッドは同厩舎で、いわゆる「栗東滞在」を初めて実行した馬だった。
02年10月、ソルティビッドはファンタジーS出走のために栗東へと移動し、同レース(5着)と阪神ジュベナイルフィリーズ(17着)に出走した。すぐに結果には結びつかなかったが、その後にマイネルキッツ(09年天皇賞・春)などで大きな収穫を得る。その先駆けとなったのがアパパネの母だった。
アパパネももちろん、秋華賞前は栗東で調整し、調子のベクトルを上げた。さまざまな運命に導かれるように、アパパネは歴史に残る牝馬となった。